日本語が読めるドミトリー・レフコヴィッチファンのみなさんこんにちは。なかけふです。
我々のドミちゃんこと、ドミトリー・レフコヴィッチ君が高松国際ピアノコンクールの2次に通ったので、なにはともあれ高松行ってきました。飛行機好きなのでもちろん羽田から飛行機に乗ったことは言うまでもありません。20日の3時すぎからと、21日の2人目まで聴きました。
しかし、日本人、どうしてああも粘る演奏が多いのだ…(涙)
で、たったいま、東京に戻ってきたところです。
いやー、よかった。
行ってきてよかったです。
自分が詩になにを求めているのかを確かめに行くという意味合いもありましたので、それは、なにか、ピシッとぶれの補正が効いたような感触があります。純真で、永遠の相にふれるものであって、しかもすこやかな躍動感があること。それだ!って感じです。
光り輝くような演奏でした。その気になれば、超絶技巧系バリバリもできるんじゃないかと思いました。あれはドミトリー・レフコヴィッチ、オン・ステージであって、コンクールの予選であるということを忘れさせるようなものでした。
ショパン《3つの遺作練習曲》《舟歌》、プロコフィエフ《練習曲》Op.2,3-4、ハイドンHob.XVI:48の2楽章、ラフマニノフ《前奏曲》Op.32-4、ショパン《スケルツォ第2番》、のほれぼれするようなプログラミング。音色の美しさ、構築力にしても、あれはほんとうの音楽家だと思わせるものがありました。やっぱりライヴはさらに魅力的です。
プロコフィエフは、(たぶんホロヴィッツを意識した)クリステンコ君とはまったく対照的な解釈、モダンでシャープ。しっかりと肉体の躍動もありました。しかもあの《舟歌》、、、、パーフェクトです。わすれがたいです。あれが、まさか、ほんとうにライヴで聴けるとは。
ちなみに弾いている姿はなんだか14世紀のフレンチ・ゴシックの聖堂建築の浮き彫りにいる天使像を思わせました。ダーク・ブロンドで白皙で、灰青色のシャツがよく映えてました。いいかんじです。
圧倒的な輝きをもつ音楽にざぶとんぜんぶ、と申し上げたいところですが、演奏会では誤差の範囲内の傷が、コンクールではいろいろひびいてくる、ということはあるのでしょう。どんな結果になっても、彼は強く歩んでゆくでしょうけれど。
会場の受付の係のかたに、ぜひにレフコヴィッチさんとご面会したい、と無理を承知で申し出ましたところ、なんとか、なんとか、終演後にお目にかかることができました。親切にしてくださった係のみなさまにも、大大大感謝です(涙)。たまたま休憩時間にお茶を呑んでいたところ、隣にすわっていたグループの中に彼のガールフレンド(かわいい!)がいて、はなしかけてみたらたちまち意気投合したのも幸いでした。
それにしても二人とも初めて会った気がしない、、、、ほんとうにうつくしい人々です。
ところで、本人に、「ばるかろる」と「鳩を放つ」の話をしたらとても感激されました。彼の作品と交換にけふ文字送る約束をしました。たまたま詩集のドラフト持ってましたので、いくつか作品のコピーをあげました。詩を愛する日本人のお友達によんでもらうそうです。あな、嬉し。(震)
というわけで、「Hortus」は、今年は出さないつもりでしたが、二カ国語版個人誌こと増刊号つくります。しばし待て!
で、もう一度聴きたい人々、といたしましては。
ドミちゃんはもちろん(合わせものの作品が多いそうなのですが、ぜひ自作を聴きたいもの)ですが、21日の朝に弾いたクセニヤ・モロゾヴァさんも良かったです。ロシアの人で、ベートーヴェン《ワルトシュタイン》2,3楽章、シューマン幻想曲、ローゼンブラット(!)《パガニーニの主題による変奏曲》を弾いてました。
まず、なんといっても、キュートな美人!!スリット入りの黒のスリップドレスがチャーミング!純粋で真摯な音楽、しかも透明感もあってオサレ。ワルトシュタイン惚れました。声部の描き分けと音色のすがすがしさがみごと。シューマンも清冽で純真でよかった(ここが、「シューマンらしくない」って言われると困っちゃいますよね)。一部のピアノマニアたちのあいだでは《鉄腕アトムの主題による変奏曲》で密かな人気のローゼンブラットのロシアン・ジャズな魅力も全開で、健康的でちっとも退廃的な妖しさがないところが素敵で、ほれぼれしました。あれ、っと思うところではずしてたのがすごく惜しかった。コンクール的にはいけないのだろうなあ惜しいなあ。
これからの芸術は、純真できれいで、やはり真理をめざすものが来ると私は個人的には思っていますけれど、この二人が3次に行くかどうかで、コンクールの審美眼がわかるかもですね。残ってほしいなあ!!(鼻息)
ネットでは、スタニスラフ・クリステンコ君、近藤亜紀さんの評判がいいみたいでした。会場で聴いたかんじでは、たしかにお二人とも上手で、明確なフィロソフィも感じられる演奏だと思いました。近藤さんのシューベルト19番とラ・ヴァルスは、日本人離れした(っていっていいのかなあ)スケールの大きさ、圧倒される説得力がありました。彼女もまるでリサイタルでした。お二人とも、いかにもロマンティックな芸術家、といったかんじの、独特の暗い情念の渦にひきこみそうなデモーニッシュなものをもっておいでで、そこで評価が分かれるような気がします。
個人的にはドミちゃんとかクセニヤさんがいいです。
結果出たらまた書きます。しかし、2次にのこった人の2/3くらいが日本人、なんかやな予感がするな…