02. September 06

ごぶさたしています|ハフ先生新境地?|BBC?|アムラン大明神そろそろ上陸

□ごぶさたしています。
さすがになにか書かないと間がもたないですね。

二つ大きな仕事が終わったので実家に一週間ほど帰ったり(お風呂工事中だったもので、三鷹のスーパー銭湯「鷹場の湯」にも通ったものだ。ここは建築もお風呂も素敵です)、研究ハイになったり(あるときは、ひらめいたー!!と家の中で踊っていました)、なにかとお世話になったドクターがとつぜん山の事故で亡くなったのでそのお葬式に行ったりしているうちに、9月になってしまいました。
今年の東京は順調に秋になっているようで、ありがたいことです。
持病の治療で呑んでいる漢方薬(加味逍遙散)も今度こそは効いています。
チョコレートは今の私には必要ないみたいです。
クラリーセージとゼラニウムの香油はますます手放せません。
これからほんとうにかなりいそがしいのでしばらく「現代詩」のことはわすれて研究(と授業の準備)に集中します。
詩集(改訂第3稿)の原稿は書肆山田に託しました。来年の前半には出るでしょう。そのためにもいまは目の前のしごとをやります。
新しいPC買いました。書き物用と通信用にわけました。やっぱり画面が広いと書き物に集中できますね。これは通信用にした旧PCで打っています。散財しましたけれど、未来への投資ということで。

思わずつっこみをいれたくなるようなこともいろいろありますが、自分の世界の静けさを護るためには、じっとがまんできにしないでいることも必要だなあと思います。

□ピアノはいちおう弾いています。ワルトシュタイン、エチュード代わりです。あれを弾いているうちに、フランクのコラール第3番が楽に弾けるようになっていました。。。舟歌とかスケ2スケ3どうする自分。しろうとなりにかっこよくひきたいよねえ。

□ところでスティーヴン・ハフ先生のウェブサイトのプロフィルを久々に見ました。
来年の3月に王立リヴァプールフィルを弾き振りして指揮者デビューすることが決まったとありました。モーツァルト21番(おはこ)の弾き振りのほか、チェロのスティーヴン・イサーリス氏との共演でハイドンのチェロ協奏曲と自作のチェロ協奏曲《The Loneliest Wilderness》、メンデルスゾーンの《イタリア》も振るそうです。
同じく3月にはContinuumから神学的随想の本も出す予定とか。かねてから、穏やかでなおかつ深い神さままわりの洞察をする人ですが、あの薫り高い文体でいったいどんなこと書くんだろう(彼の書く英語はあの演奏そのままに美しい)。興味しんしんです。

□6日から英国リーズで行われるリーズ国際ピアノコンクール(ドミトリー・レフコヴィッチ氏が出る)ですけれども、公式ウェブサイトを見る限りでは、決勝はBBCが放送するようです。イギリスにいたら気が気ではなかったでしょう。
それにしても出場面子を見るとなにやら強敵だらけっぽいですが、どみちゃんがんばれ

□それでも来週はいよいよアムラン大明神東京上陸、ブラ2を弾くそうなので、見に行きます。非人情の境地を開く冴えた演奏が期待できるでしょう

□早く、晴れてどみちゃんやハフ先生を大手を振って聴きに行けるご身分になりたい…。

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12. August 06

ユリイカ増刊号でました|清泉寮のパンとジャム

□ユリイカ増刊号『総特集 アーシュラ・K・ル=グウィン』(青土社)に「海と曠野を渡る声 アーシュラ・K・ル=グウィンの近作をよむ」をなかにしけふこ名義で寄稿しています。商業誌批評デビューです。なぜか酉です。

結構みなさん歯に衣着せずにジブリの「ゲド戦記」の問題点を批判的に考察しているのが興味深いです。井辻朱美さんさすがです。
建築家なのにさまざまな政治的事情で突然あの世界に放り込まれてしまった宮崎吾郎監督の戸惑いがたいへんよく伝わるインタビューも印象的です。作り手の思いが伝わる冊子、美しい装幀(ミルキィ・イソベさん)も素敵です。お近くの書店でぜひごらんください。ネット書店でも買えます。ちなみに1300円です。

#実は私、件の映画はまだ見ていません。
ジブリのあのキャラクターデザインであの世界が二次元になるのも、文太ゲドと岡田王子ってのもかなり違和感あるとも…(しかも岡田クンは《東京タワー》のしふみさん(黒木瞳)の自堕落な愛人役があまりにピッタリすぎて…)。

□今後の登場予定(批評)×2本 
・相澤啓三さんの『交換』の批評をるしおるに書くことになったようだ。→本がきた。たくまざる知性とエレガンス(余裕)、詩らしい詩が満載(これ、重要)の、良い詩集だと思う。
・「玲瓏」の塚本邦雄ワンテーマって、たぶんまじめにとりくめばキリスト教ねたで書くことになるのだと思うのだけれど、「自分のすんでるところからみんな移住したし」「怪奇ピアノ・革命家チェッカー」のような短編やおまんがでは許してもらえないのだろうかなあ…

 革命歌作詞家に凭り掛かられて少しずつ液化してゆくピアノ/塚本邦雄

革命家がよりかかると溶けるピアノ。
革命度によって溶け方が違う。
さわっただけで溶かすヤツもいる…(震)
親子で革命度が違い、なんか微妙な空気が流れたり…。
そばに来てインターナショナルを数カ国語で合唱してピアノを溶かそうとするヤツがでたり…
(むかしいた研究室では、お酒が入ると、インターナショナルを何カ国語で唄えるかを勝負し合っていた人たちがいたよ。まだサークル棟に怪しいヘルメットがころがっていたような、90年代の半ばのことです)

玲瓏用の短歌をそろそろ準備しないといけないのではないだろうか。

論文もがんばろう。

□清里遠足おみやげレポート。

清泉寮(キープ協会)のパンはパンらしいパンで良かったです。
もっちりしたフランスパンの生地の中にまるごと1個のカマンベールの入った「カマンベールパン」素晴らしいです。
白ワインによく合います。
さすが聖公会系、だてに、聖餐式でほんもののワインを使う教派の農場じゃないな…。
(聖公会の聖餐式のワインは、日本でも、結構おいしいことがある。あれはどこで造っているのだろう…)
宿の食事もおいしいのかな
(吉祥寺にある聖公会の修道院「ナザレ修女会」のお食事は美味かったなあ)。
といって、生協で買ったアルゼンチンの「ヴィタ・オーガニカ・シャルドネ」で晩酌。
ルバーブのジャム、美味い!!
キリーを黒パンに塗って食べるとさらに美味!!
小さい瓶なのでもう食べきってしまいましたが、ルバーブジャムにはまってしまいそうです。
自分で似てもいいのだけど、肝心のルバーブが高いのではなあ…
(ルバーブ話、つづく)

□アロマその後
まるでリコラのスイスハーブキャンディで頭を洗っているような香りのマギー・ティスランドのシャンプーを使い終わったよ(髪の毛ははりはりくろぐろ)。
とりあえずロクシタンのTrois Huilesは手に入れました。それなりのお値段はするけど(ティスランドの500円増し)、あの自然さは安心できるかも。ちなみにTrois Huiles Iは、アニック・グタールのとってもすてきな「マンドラゴール」に香りが似ている。トータルコーディネート?

カリス成城では、ヴァントゥ山の農園で育てているハーブの香油を売っているらしい。
ペトラルカのあのお山ですよ…。
クラリーセージが3000円ちょいなのはありがたいなあ。
ちょっくら時間をみつけて池袋東武のカリス成城に行ってみましょう。

□ヒースロー大変だなあ…

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08. August 06

清里蕎麦&天文写真ツアー(けいもぱ)

□実家面子と夫とで清里の某アート蕎麦屋(幼なじみ一家)に蕎麦を食べに行った。ふるいたてもの改装計画のみごとな見本。イナカにありがちな和風ドライブインの建物が、内装外装すっかり工夫して、あそこまでかっこよくオサレになるとは。しかも美味で眼にも舌にも創造的な料理の数々。熊がでる沢でとったという岩魚の唐揚げもおいしかった。
さらにパワーアップしていて、いつもながら驚く。

清里写真美術館(けいもぱ)を見た。建物がシンメトリーで美しい。芝生ふかふか(セント・アンドリュース以来!裸足で歩くにきまっている)、茶花さやさや。国立天文台後援企画の天文写真展「はじめての宇宙の歩き方」のセンスが良い。11月末までやっているそうなので、あれはまたゆっくりみたいなあ。David Malin(色彩と構図がシャープで美しい!!)の写真集はニュートンや誠文堂新光社(ラヴ!)からでていて、下界でも買えるだろうから、Neil Folbergの写真集を買った(高かったけどぼってはいない)。ただいま戦争中の中東某国の遺跡と夜の星々が月明かり星明かりの長時間露光で、夢幻的にファンタスティックに撮られている。世俗を超越したある種の花咲く永遠性の世界。ああいうのみると、ヘブライ語勉強したいなあとか思ってしまうのだよなあ。ただし昆虫的な妖しさはないので、タルフィアン向きではないかもしれない。Folbergは世界のシナゴーグの写真集も撮っているそうなので、アマゾンか黒泉堂で捜してみよう。展示されていたシルバー・ゼラチン・プリントのうるんだ質感と、写真集の写真のぱきっと明快な質感はだいぶ違うかんじだったけれど。
いきなり展覧会のエントランスに「掌の上に宇宙を見る」のエピグラムが貼ってあった。ブレイクだ。吊ってあった花巻の隠者・賢治せんせいの「生徒諸君に寄す」の垂れ幕を(私を励ますつもりで)朗読するハハ(←若い頃は(たぶん今でも)立原道造の熱烈ファン)。現代詩業界では賢治せんせいっていいねえ、っていうとけげんな顔されるんだよねえ、と言うと、なんでなんで、と怪訝な顔をする。賢治の宗教的英雄化には私だって辟易するけれど(イェイツらによるブレイクの幻視者化とかの例もあるし、どこの国にもありえる話だけど)、そりゃそう思うだろうなあ。
新人作品展のにょろにょろや死にかけ人形のような変なオブジェを冷やかす。しろうとでも調和がとれていないとわかるものをなぜ造って置く…と庵主。

イノベーション著しいという清泉寮にとまりそびれたので次回はぜひ泊まろう。
夏は最高気温28度くらいが自分にはちょうどいいなあ。

清里の駅前は相変わらずファンシイでキッチュで、色褪せた80年代がそこにとどまっているようだった。
文字やオブジェならともかく、具体的な集落の光景としてヴィジュアル化されると、なかなか凄惨ではある。

□ダヴィンチ9月号に出ていた「テルプシコラー」を立ち読みする。トゥオネラで踊る千花ちゃんに思わずもらい泣き。六花ちゃんけなげ。

□翻訳、ゲラ、書き物(詩と評論ではない)進行中。伊勢丹新宿店のBPQC(一大アロマフロアと化しつつあってびっくりだ。もう、あれは、数時間いても飽きないでしょう)で買った「Analytage」(Analy%と綴る)のすばらしいゼラニウムの香油をかぎつつ。ティートゥリーとクラリー・セージもほしいかも。けっこう良いお値段するけど、植物の力はせちがらい都市生活の必需品でしょう。
近所のやすうり超級市場で香味野菜をいろいろ買う。
それにしても採点しなきゃなあ。

□詩集の金策になんとかめどがつく。ふふふ
玲瓏のもりいさんからご連絡いただく。そのうち「玲瓏」につかもとせんせいワンテーマなにか書くことになるらしい。キリスト教ねたかなあ。これはかなり準備がいるなあ。

□きょうはすこし涼しいけれど、こう蒸し暑いと、どみちゃんの弾く光り輝くようなスケ2とか、セント・アンドリュースの海がなつかしいな(遠い目)。
夏にも耳がシベリアのハフ先生のラフマニノフとかショパンとか聴く?

□そう、書いていてつらくなることは書きたくないので、しばらく辛口批評はお休みにします

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03. August 06

管理ページをあけたら|『化身』(倉橋健一氏)|どみ3位

□管理ページをあけたら、とつぜんアクセス解析のシステムが複雑精緻になっていて驚く。
電網世界の眼にからみとられているように感じられて鬱陶しい。
こんなに複雑にならなくてもいいのに。

遣ってみるとそれはそれで結構わるくないかも。

□詩集はわたし側の事情でしばらく延期になりました。遅くなっても必ず出します。その分よみごたえがあるものになると思います。あせってもしかたないし、くさるものでもないので、気長にまいります。
→規模も絞って、金策のめどもつきました。来年の前半のどこかででます。

□倉橋健一さんから『化身』(思潮社)をいただく。
倉橋さんは、戦後大阪詩壇の生き証人で、からだをはって本音勝負で、しかも篤実な日本語とたしかな知性で世相をするどく捉えた詩を書かれる。思潮社の『現代詩文庫 倉橋健一詩集』に入っている、エレノア・マルクスの出奔をうたった詩「暗いエリナ」を読んで、このひとは本物だ、信頼できる、と感じたものだった。
あの詩はすごいので、おすすめ。

「ヨハネ黙示録の天使の喇叭を聴くような気持ちでこの詩集をまとめた」とあとがきにある。
まさにそんなかんじなのだけれど、かたひじはらないのがいいかんじ。
川中子義勝せんせいの『遙かな掌の記憶』(土曜美術出版販売)とあわせてよまれるとしみじみする(と思う)。
時間をみつけてなにか感想文書きましょうかねえ…

実は倉橋さんは、投稿時代のわたしの作品の発見者で、この道に入る扉をひらいてくださった恩人でもある。
気長にやりなさいよ、と、励まされたような気持ちがする。


□むかむかしてばかりいるわけにもいかないので気を取り直して作業中です。アマゾン、牛津黒泉堂から7月中旬に注文した重要な本が続々届く(詩の本ではない)。今回は早いなあ。エクセターの友人から、出席できなかった某学会のハンドアウトが届く。学問的共同体の感覚は重要だ。

□ドミトリー・レフコヴィッチ氏、ニューオリンズ国際ピアノコンクールで3位入賞
184人(のうちから招待された12人)のなかを勝ち抜いての3位。ニューオリンズ関連ニュースポータルサイトに出ていた地元紙の報道(http://www.nola.com)は、なんだかとってもめりけんびいき(?)の雰囲気、どみちゃん完全アウェー試合なかんじで、さぞかしたいへんだったろうなあと想像します。このポータルサイトで、演奏のヴィデオクリップも一部見られます。あえてこの報道ではじみ~な側面を選んでいるような気がするのだけど、音楽的には品格と完成されたものがある…。
この人の演奏姿をみていると、なんかある種の美しさがあって、やっぱり地上的存在でない気がするのですねえ。
(よくみると、某スケート選手にはやっぱり似ていないかも…)
やまっけたっぷり野心たっぷりの若者になぜ勝てぬ…(涙)
自作も弾いたみたいですが(ついにやったか!!やるじゃんどみちゃん!!ちなみに地元紙ほめてました)、それはヴィデオクリップのなかに入ってなくて、見られなくて残念(見たい見たい激しく見たい)。
渋いひとだからなおさら世にでてほしいと思うのですよ…
次はリーズだがんばれ

□ヴィルヘルム・バックハウスの晩年のショパンの録音を聴く(1950年の録音)。葬送ソナタとかバラ1とかばりばりだ。剛毅なmanlinessむんむん、すごい絶倫老人ぶり。なよっちいのはきらいなので、胸が空くようでもある。

□暑いなあ、クォン・ヴーちゃん(涼しげな美貌のヴェトナミーズトランペッター)&パット・メセニーやケイト・ブッシュ(歌詞も素敵)もいいけど、コシュロー聴いてトリップするか…

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21. Juli 06

我らの悲惨を笑え・『太陽の塔』|うるとらばるず

□やっと某所に原稿を送りました。自分とフェミニズムと創作の関係をみなおす良い機会になりました。
ル=グウィンの詩、良いです。訳文をつくっていて大変すがすがしいです。ほかの詩集も読んでみようと思います。個人的には、今回よんだもののなかでは、短編集〈Changing Planes〉(『なつかしく謎めいて』の題名で邦訳あり)がかなり気に入りました。たんたんとした民俗誌描写のなかに悲しみがいりまじります。パウサニアスとか好きな人にはおすすめです。

□宗教学会のプログラム冊子がきました。今年は東北大です。デザインがいつになくかっこいい…。

□さて、森見登美彦氏の『太陽の塔』よみました。
歯切れの良いしっかりした日本語、書生文体に知性を感じます。
いやーふられおとこの逆襲の話なのですけれど、とにかくオモシロイ!
新潮文庫で400円だし、買いです。
これは、鴨川組でも、例の『日蝕』やらショパンの伝記の人のように勉強してお話を造ろうとして造ってる、とか、ボルツマンセンセイ一代記の人のように「ぶっちゃってる」というのでは、まったくないなあ、生まれもってのものだなあ…。
解説でほんじょのむしぼし女史が「イギリスの小説みたい」と書いているけれど、それはお目が高い。

いや、京大生の話なのですけれど、登場人物のキャラクター造型にリアリティおおありです。
モテない恨みを男子な妄想と知性で固めて突っ走る、こういうヤツとその仲間たちみたいなヤツ、いたいたいた!!しかも、みなさん、愛すべき人たち…
主人公をふった女の子(「水尾さん」)みたいなヤツもリアリティあるなあ…。
不思議ちゃんといえば不思議ちゃんなのだけど、このくらいの天然の不思議ちゃんはふつうにいるでしょう。
主人公にとってはまったく異文化の「女子の文化」(というものがもしあるとして)を生きてきた子だと思うので、テクストの字面を追うだけだととても不思議ちゃんにみえるし、謎だからこそ主人公(たち)も「水尾さん」を好きになるのでしょうけれど、そりゃ、大学入学したてで、なんだか「ジョニー」に支配されてわけわかんなくなってる男子(しかも先輩)に、的の外れた迫り方をされたら、袖にもするかもね…。
もし、彼女が、男子の妄想についていける順応力(?)のもちぬしだったら、聖女扱いされちゃったりもするのでしょうけれど。
架空の人ではありますが、彼女のその後も知りたいかも。
おとこぎらいになってないといいな(泣)
(あ、でも、主人公とその仲間たち、ほんと愛すべき人たちだ…実際にはホモソーシャルな世界には愛すべき人たちばかりでもないので、これぞ架空の強みだろう)
男子のことをなんでもクールに見てしまう女子も、いるなあ!!
「邪眼」って呼び方もなるほどだとも。
太陽の塔と、クリスマスの喧騒という舞台装置も効いているなあ。
これ、東京でやるんじゃたいへんだ。町が大きすぎるもの。

ホモソーシャルな世界に酔わずに(女子の場合は、過剰にそれを憎まずに)デタッチメントを効かせる
これはなかなかできることではないですね。

ムーン、こういう、つきぬけた新人が現代詩の世界にもほしい…。
森見登美彦氏の作品はこれからも読んでみたいです。

しかし、バンカラ男子一人称だから、モテない悩みを抱えた妄想が集団で突っ走るのもカラッとよめるけれど、女子のそういう話を日本語で陰惨にならないようにどうやって書くかは、常々、かなり大きい課題のような気がしてなりませんねえ…自分…
ダイエットしたり洋服で悩んだり、ときにはフェロモンないふりしたりあるふりしたり、「わたしなにもわかりませ~ん」「楽器へたですう~」のふりしたり、そりゃまあアナタ…(震)


□いただきもの。いつもありがとうございます

Ultra Bards(杉本徹さんから)
わりと、クオリティ高い詩誌なのでは。
阿部日奈子さん(←ファンです)の作品が読めるのが嬉しい。
杉本さんのカフェ話、もっと読みたいです。

しかしです。N川C春氏の戯れ唄とエッセイにぎょっとしました。
「妊婦はみにくい!だれだれとヤったの?を言わない分だけ世の男性は紳士的」の話。
後半ではいろいろ言い訳してますが、要はよくあるおんなぎらい言説の典型で、現代詩の得意技であるところの、それをいっちゃおしめえよ、なことをいって、相手を不愉快にさせる、という狙いでしょう。
ほかの詩がいいだけに…
同人のおねえさまがたがどうお感じかはワタシにははかりかねますが…
いやーみなさん寛容だなー。

もっとも、罵倒芸アンソロジーで詩手帖に連載していたり、それでもって何冊も本を出している人なので、それも芸のうちなのでしょうねえ。

いや、さ、言わせてもらっていいかい。

「新しい詩人」って巷じゃうわさの、kkddmkk氏の第1詩集もそうなんだがな、生まれないためにだの、なんだの。
笑って流してたら、こんどは妊婦はみにくい、かい、
てめェらよゥ、おフクロのどこから出てきたと思ってやがんだ。
頭ぶつける妊婦の腹もとうふも紙束ももったいねえやい。
おとといきやがれってんだ。
(↑こういうときだけ江戸っ子:下町弁ネイティヴでないのでかなり不自然。山の手ことばにするとキツいし、いやみっぽく響くかもしれないので江戸っ子にしてみました)

□やっぱりオモシロイがいちばんだと思います
気を取り直してケンキューと翻訳やりまーす。(週末は合宿)

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03. Mai 06

みたものきいたものなど

■連休いかがお過ごしですか。寒いのは大好きですが、初夏もこのくらいの涼しさがちょうど良いなあ…

■連休明けからまたshow must go onまちがいなしの日程なのです。合間をぬって、《ウォレスとグルミット》も、《エヴリシング・イズ・イルミネイテッド》(フロドさんイライジャ・ウッドとユージーン・ハッツが好演。チェコロケの「ウクライナの麦畑ひまわり畑」が美しい。邦題「僕の大事なコレクション」はなんとかならんのでしょうか。原作は最高におもしろい!)観てきました。両方ともかっちり感想がかけそうな話だけに、なにかひとこと書きたいような気がしますが、そのヒマがあったら論文書けよ詩書けよ翻訳やれよ自分、てな案配です。また追って書きます。
詩集の第二稿、あともうひといきです。もっとデタッチメントをきかせないといけません。ただでさえ前衛できないのに、ましてや、疾風怒濤の世紀ではないのですから。
ぽえむぱろうるの閉店セールでアフマートヴァの訳詩集と詩手帖の吉原幸子追悼特集を買いました。なにかしっくりくるものを感じます。ぽえむぱろうるには、ときどき複雑な思いがありましたが、なくなってみるとそれはそれでさみしいものですね。
服作りはどうなったんだ自分…

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30. Dezember 05

ことし印象にのこった…

■学位論文を仕上げたら、新しく何か楽器をやってみたいな、ハープかカンテレか、もっと現実的に触れる機会のありそなパイプオルガンかクラヴィコードか、そうだ声楽かバロックダンスかスコティッシュダンスという選択もあったな、などと、ときおり考えます。来年の目標はいいしごとをすること。年の瀬みなさまいかがお過ごしでしょうか。私、風邪と闘い中です。早く治したいです。

■ことし印象に残ったスペシャル。

■詩歌。なんといっても「にしわきくんを語る会」。
東京新聞夕刊に連載されていた千野帽子氏の「文藝ガーリッシュ」、へええこんな本もあるのか、と驚いたりしながら、毎回たのしく読んでいました。海外編もぜひ読みたいです。私は、実際に「少女」だったころには、「少女漫画」は読んでもいわゆる「少女小説」は読まずに、むしろ歴史ものや探検記や海洋少年冒険小説とか、少年になりきって読んでいたものでしたけれど、ヘイエルダールとヘディンと萩尾望都に大島弓子が並立する読書生活、そういうガーリッシュもありだろか。

■音楽。
今年の戦果は2アムラン2ハフ1みつこ。どんな気候の土地でもつねに透徹したピアノを弾くハフ氏はさすがでした。来年は2アムラン2パイク2ハフ1みつこはめざしたいところです。1レフコヴィッチ1ヴンダーも。

三浦友里枝さんと今井正くんのチャイコフスキーピアノ協奏曲第1番第1楽章@RAMのハフ氏のマスタークラス(3月)
実にスケールの大きい誠実な演奏を聴かせてくれました。日本人として正直にうれしかったです。彼らのデュオはまた聴いてみたい。今井君のオケパートも凛々しくて実に爽快。彼はそのあとベルクのソナタも弾いてましたが、日本男児特有の優しさが生きていて、とても印象的。このクラスで、魔法遣いの弟子のように念力のこもったラフマニノフを弾いていたDavid Hillくんは元気でしょうか。

内田光子女史のハンマークラヴィーア@RFH(3月)、アムラン大明神のベートーヴェン@紀尾井ホール(9月)
多少の瑕瑾はあるにはしても、みつこのハンマークラヴィーアはけだし至芸。ベートーヴェンが夢見た溢れやまぬ創造者の愉悦。アムランのひくベートーヴェン後期ソナタの、枝のあいだから見える空をあおぎながら林の底をさまよう人間ベートーヴェンの姿とは好対照で興味深かったです。ところで、お二人ともコンテンポラリーになると躍動感の耀きが増すような印象を覚えるのですけれど…

音楽抜きの夏休み
オクスフォードではまったく音楽を聴く気になれませんでした。待ってろ倫敦、ぷろむすには来年行くぞ。ところでセント・アンドリューズの聖書学者邸でモーツァルトを弾きました。あんなに喜んでもらえるとは思いませんでした。ボールドウィンのアップライトは鍵盤が深くて、甘くて濃密な音色で、浪漫派向きの音でした。

ショパンコンクールで有望な若手発見。(10月)
ファンタスティックな若者たち。超絶技巧エレガンス系のインゴルフ・ヴンダーくんはたち。そしてやはりドミトリー・レフコヴィッチ氏26歳(ラヴリー。PTNAのサイトでは「ディミトリ・レヴコヴィッチ」と表記)。コンクールでも演奏会向けのプログラミングで出場するあたりからして、ただの愛嬌たっぷりのにいちゃんではないでしょう。

■展覧会
3月にオクスフォードのアシュモリアン・ミュージアムで見たクリヴェリの《アレクサンドリアの聖カタリナ》と、The Poetry of Truth: Alfred William Hunt and the Art of Landscapeが良かったです。クリヴェリのえがく、書物のうえに肘をついて夕闇をみつめるカタリナの憂愁。A.W.Huntのえがく、ブリテン島の風光のありうべからざるほどの透明さ。

ケンブリッジのフィッツウィリアム・ミュージアムで開催された中世の彩色本の展覧会のカタログを入手しました。宝石のようで、ときどきひらいてはニタリ。この話はまたかきます。

■それではみなさま、お風邪など召されませぬよう。よい年をお迎えください。

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25. September 05

ポポイにしわきを語る会。

☆秋がくると元気になります。このままどんどん寒くなってほしいです。

☆土曜日は、新倉俊一先生のお招きで、駒澤大学中央講堂で開催された「西脇順三郎を語る会」に行ってきました。たいへん有意義なものでした。スピーカーは『西脇順三郎、永遠に舌を濡らして』を出された中村鐵太郎さんと、小千谷の「西脇順三郎を偲ぶ会」の山本清さん。
中村さんの、「神話的・古代的なものと現代詩」についての問題提起には大いに考えさせられるところがありました。もういちど西脇にたちもどって考えて、詩を書こう、というアイディアには賛成です。山本さんの、最晩年の西脇の思い出話がとてもおもしろかったです。もう、おまんがの宝庫です。「ぼくはこどものころから好奇心のかたまりだった。それと、長生きしたから、いいしごとができたんだ」にしわきくん素敵です。テレビドラマや映画にしてもおもしろい人なんじゃないでしょうか。一度小千谷にも行ってみなくてはいけません。
お茶会ではいろいろな注目すべき人々に出会いました。「おまんが・にしわきくん」が意外に好評で、おどろきました。西脇の仲間たちの気持ちのすがすがしさには、若者としては、大いに励まされました。いい夏休みのしめくくりになりました。来年もとてもとてもたのしみです。

☆いただきもの
La Polvere 4号(佐藤弓生さんより) 
笹原玉子さん、来住野恵子さん、野村龍さんの同人誌。やわらかな、花の香りのすることばでみちている冊子。彼らの作品ではとりわけ、キリスト教的な表象が意識されているのだろう。
「宗教的イマジネーション」を語ろうとして、神秘的合一の表象をもちいる作品が並ぶ。マルティン・ブーバーのいう「我と汝」とか、花嫁神秘主義とかを思わせる「聖なるもの」との親密さを喚起する表現がふんだんにもちいられる。たしかに、今時の時代の聖性への渇望をいいあらわして興味深いのだけれど、おそらくは、宗教的共同体の外側から宗教的なものにあこがれると、こんなかんじになるのかもしれない、という印象も受ける。もっとほかの語り方もあるだろうと思えてならない。さいきんの「宗教っぽい日本語の詩」については、もうすこし事例を集めて、そのうち批評を書きたいところ。

それにしても、スコットランドの紅茶エッセイなら、私はもっとハードボイルドなものを書くだろう。「君はアールグレイかね。」「ええせんせい。」

ふと思ったこと。来住野恵子さんはフランドル旅行エッセイで、フランドル楽派への傾倒を語っておられるけれど、もしかして、ヴォーカルアンサンブル・カペラ(の、ミサ形式の演奏会)とか、お聴きになる人なのだろうか。

分裂機械の最新号(ヤリタミサコさんより)
60-70年代アンダーグラウンド風のイマジネーションを今もなお保ち続ける冊子。いつ読んでも同じ味がする。グノーシス主義文献を読んで覚えるなんともいえない暗澹とした怒りと絶望と選民意識の気分がすきなかたにはおすすめする。この先もなお、往事の気分満載で進んでゆくのだろうなあきっと。

☆明日から新学期です。しごとするぞしごとするぞしごとするぞ。なので、じゃましないでね。

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02. Mai 05

ベートーヴェン祭りである。(3)

☆というわけで、昨晩もベートーヴェン祭りに行ってきた。
どうみても、東京国際フォーラムの建物がとてもうれしそうだ。
お客さんには、ふだんチケットが高いとお嘆きの若者たちも目立つ。いいことだいいことだ。いろいろ事情はあると思うけれど、ぜひこの企画、続けてほしい。

聴いたのは、RIAS室内合唱団+カペラ・アムステルダム+コンチェルト・ケルンの《荘厳ミサ曲》。
ライヴで聴くのはとても久しぶり。たぶん子供の頃以来だと思う。
コンチェルト・ケルンの演奏は、メンデルスゾーンの室内交響曲の録音で聴いていて、なんとまあハンサムな古楽オケだろう、とほれぼれしていたのだけれど、ライヴで聴いて、さらにほれぼれ。とても賢いオーケストラだと思う。見通しがよくて、しかも生き生きとしていて、透明度の高い渓流のなかに泳ぐ魚がみえるようでもある。
合唱も柔らかで透明感のある声質。個人的にはアクサントゥスのほうがより好み。ラテン語がはっきりときこえるのはさすが。歌詞の扱いが劇的な陰翳に満ちているのがよくわかる。音響効果がわざわいしてオーケストラに埋まりぎみにきこえるのが勿体ない。ベートーヴェンの作品に盛られた、典礼用作品の範疇を大いに超える革新的な実験性が浮き彫りになる。こんなすごい曲だったとは。会場はもちろん大熱狂。
弁当弁さん、いままでごめんなさい。アナタはやっぱりすばらしい作曲家です、おしつけがましくて苦手だとか嫌いだとかなんてもう言いません、まじめに後期ソナタ練習します。

すばらしい教会音楽の遺産がコンサート・ホールでばかり演奏されるのは日本の西洋音楽文化のある種の倒錯のあらわれであるとは、常々思うところ。教会音楽の大遺産はやっぱり教会のたてもので聴きたい、できれば典礼のなかで日常的に生かされている場にいあわせたい、と思うのは贅沢なのだろうか。教会音楽に関心をもって合唱団に参加する人はひきもきらないというのに、典礼の現場では、歌詞にしても音楽にしても驚くほど「わかりやすく」する傾向がなきにしもあらず。がっかりするかたもいらっしゃるのだろうなあ。心は大切だ。でも、心さえあれば、とめどなくわかりやすくしてもいいというものではないのに。会衆讃美の音楽が難しすぎるのは考えものだけれど、ことばの格調は保てるはずなのに。

銀座付近の教会建築だったら、地下鉄を数駅乗り継いだ聖路加国際病院のチャペルとか、国際フォーラムから歩いて5分ほどの日本基督教団銀座教会あたりもいいのではないかと思うのだけれど。チャリティコンサートやオルガン・メディテーションはときどきあるけれど。

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30. April 05

ベートーヴェン祭りである。(2)

☆ということで、マルノウチベートーヴェン祭り(ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2005)に行ってきた。

アクサントゥス&シンフォニア・ヴァルソヴィアのカンタータ特集。
ベートーヴェンの若書き《ヨーゼフ二世葬送カンタータ》。儀礼用の作品で、ステージよりも向いている場所はあるように思うのだけれど、聴けるだけでもめったにないこと。「死んだ」「死んだ」をかけあいでくりかえす、最後の合唱つきアリアの、劇的な効果。《静かな海と楽しい航海》もライヴではめったに聴く機会がない。後半の「楽しい航海」の、輝かしいこと。

アクサントゥス、柔らかい声質と自然でバランスのとれた解釈がいいかんじ。英国や北欧の合唱団に特有の鋭角的な表情とはまたちがった魅力がある。オケは、視覚的にも聴覚的にも舞台から溢れてきそうな迫力。

指揮者のロランス・エキルベイ女史が素敵。エレーヌ・グリモーをもうすこしボーイッシュにしたかんじのかた。技術も確か。後ろ姿がカスパール・ダヴィッド・フリードリヒ描く山岳ロマンチック青年をほうふつとさせる。

電気が消えても拍手がやまない。カーテンコールに出て来られたエキルベイ女史に「ブラボー!」「ヒューヒュー」の大歓声。

東京国際フォーラムは、まさにこんな日を待っていたと胸を張らんばかりのにぎわい。ホールの音響効果はどう考えてもいまひとつだけれど、こういう催しにはいいかも。
後援には東京都と東京都教育委員会もついている。あの口にするさえおぞましくも暴虐極まりない石原都政の文教政策を思い起こすと、一発花火でおわらせるようなことはしてほしくないなあと思う。

ということで、明日はRIAS合唱団とコンチェルト・ケルンの《ミサ・ソレムニス》を聴いてきます。

☆入手音盤。感想はあとで書きます。
 1)ピエール・コシュロー、典礼オルガニスト(DY & Solstice)
  パリのノートルダム寺院でのミサの録音から。一九七〇年代の即興演奏。
 2)モーツァルト/ピアノと木管五重奏のための音楽(BIS)
 ベルリンフィル木管五重奏団、ハフpf
 木管五重奏曲K452、時計仕掛けオルガン用作品の編曲など。
 表紙のおじさん軍団(演奏者たちの集合写真)が良い味出している。なぜかハフ先生、写真の右端で秀でた額を光らせながらひとりポーズをきめきめにしておられて、妙にほほえましい。
 3)シューベルト/冬の旅
  ゲルハーハーbr、フーバーpf
  《冬の旅》の録音をひそかに集めている。いまさらなのだけれどゲルハーハー盤。

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29. April 05

ベートーヴェン祭りである。

☆ベートーヴェン祭り。

今日から東京国際フォーラムでベートーヴェン祭りである。
ベートーヴェン祭りのウェブサイトに「あなたにぴったりのベートーヴェン診断」があったので、夫婦でやってみた。
結果はこちら

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華麗なテクニック満喫の名手探訪コース
目もくらむようなピアニストのテクニック、音楽と格闘するようなヴァイオリニストの姿、熱演でステージが燃えてしまいそうなオーケストラのパワー。ヴィルトゥオーゾ好きなあなたにぜひ体験して欲しい、ベートーヴェンからの挑戦状コースです。一緒に燃えましょう!


<おすすめコンサート>
1日目: 交響曲第5番「運命」(111)、ピアノ・ソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」(132)、「ゴッド・セイヴ・ザ・キング」による7つの変奏曲、ほか(134)、ピアノ協奏曲第5番「皇帝」(146)
2日目: 交響曲第7番(211)、ヴァイオリン協奏曲(212)、弦楽四重奏曲第10番「ハープ」・第11番「セリオーソ」(234)、三重協奏曲(245)
3日目: 「エロイカ」の主題による15の変奏曲とフーガ(332)、弦楽四重奏曲第13番・大フーガ(333)、交響曲第3番「英雄」第1楽章、ほか(345)、ヴァイオリン・ソナタ第2番・第9番「クロイツェル」(356)
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ムハハハハ。きたかきたか。そうきたか。なるほどなー。
お莫迦ですう。

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22. April 05

ついに出ます苑生2号。

☆新学期驀進中の今日この頃です。
 お待たせしました。「苑生」2号、やっと出ます。26日に印刷します。
 藤原安紀子:新作1篇
 釘宮明美:詩2篇
 なかにしけふこ:詩2篇、短歌10首(英語版つき)
           エッセイ「すみわたるぱるなすのやまにこだましてうたびとわたれきりのまにまに」
           折り込みまんが「Flux☆けふうさぎ」
                     「にしわきくん」
nishiwakikun1

 □限定100部、定価500円です。池袋のぽえむぱろうるには置く予定です。
 □藤原さんの作品の装幀に注目。
 □ハフファンのみなさまへ。エッセイはマスタークラスのリポートです。
 □Flux☆けふうさぎ、、、それは、フルクサスを見に行ったけふうさぎ、、、、。
 お問い合わせ・お申し込みはこちらへ。
 (実際にメールを送られるさいには、「kefkef-」をとってお送りください)

☆ただいまお片づけ中(部屋をきれいにしないとお仕事が出来ません)。銀のぶどうの「しらら」の仲間、「豆乳苺ご」はおいしかった。

☆新ローマ教皇決定。ずいぶんとコワモテなおかおのかたである。報道写真に写るご尊顔が日に日に悪人顔になるのはなぜだろう。私の気のせいだろうか。説教や典礼論のご著作は感動的だけれど、第三世界やマイノリティの人におっしゃることが厳しすぎるような気がする。ツツ主教の抗議ももっともだ。これからマイルドなお顔になられるのだろうか。BBCの報道では、ピアノ好きで、ベートーヴェンを好まれるとのこと。いかにも。(イメージ画像:コワモテのまま、ワルトシュタインをガシガシ力強く演奏する新教皇座下)

☆このサイトが「なかにしけふこのお菓子な日常」になってしまうのもこまるので、音楽や展覧会や本のはなし、また書きます。
ベルギー象徴派展は、図録の解説論文が素晴らしかった。あの部分だけ分冊でほしいくらいです。達者な技量で描かれたファム・ファタルにみちみちたエロスとグロテスクの世界はなんとも過剰なものでした。描かれたブリュージュの運河のぬめっとした水面からはムワーッとなにか怪しげなものが間断なくたちのぼってきそうでした。宗教画にはどことなくニューエイジ宗教のイラストレーションにも通じるぎらぎらとみなぎる多幸感のけはいもありました。描かれた聖人や聖女の目が、みなありうべからざる毒々しい、きつねつきのような恍惚に満ちている。こういう世界がわかる、共感できる、という態度を示さないと、詩人にあるまじき無粋者、とある種の「現代詩人」の世界では軽蔑されたり石を投げられたりするのかもしれないなあ、と、いどころのない思いをかかえながら、見たものでした。クノップフはうまいと思いました。あのぬらやかな水面は、やはり他のひとには描けないものでしょう。メリザンドの顔があだなフランス語圏の少女の顔だったり、ブリトマートの容姿がなんとなく男気あふれるダイクなおねえサマだったりするのも、ニヤリ。でも、やっぱりわたしとしては、ラファエル前派のホルマン・ハントとか、ムーアあたりの、どこまでも清潔で、ときとして酷薄ですらある透徹した写実的描写のほうが、好みです。

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12. Januar 05

ひろがれひろがれけふ文字。

いろいろなところでの紹介を。

正岡豊さんの「折口信夫の別荘日記」 12月25日付でこのサイトが紹介されています。
「ハイスペックの向日性」なるほど。

リンクはこちら

Googleをかけてみておどろきました。
わたしの作品が「詩と思想」新人賞にノミネートされていたそうです。「苑生」に載せた鳥インフルエンザのうた(「エピクローシス」)を川中子義勝先生が推薦作品に推してくださり、第2次選考で相沢史郎さんが一点をいれてくださったそうです。

第13回詩と思想新人賞

精進します。

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05. Januar 05

山手聖公会会堂炎上。愕然。

スマトラ巨大地震にもおどろきっぱなしのところ、新年早々、愕然とする。
横浜の山手聖公会の会堂が炎上。


朝日新聞の記事
読売新聞の記事


放火だったようだ。
英国ゴシック様式のうつくしい会堂ときいていたので、いつか礼拝に伺おうと思っていたのだけれど。

司祭夫妻がご無事だったのがせめてもの幸い。
再建と平安とを祈ります。

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