12. November 06

駒ヶ嶺さんの詩集、ヤリタ姐さんの論集。

コマガネトモオさん(駒ヶ嶺朋乎さん)から詩集『背丈ほどあるワレモコウ』(思潮社)をいただきました。
『鐘楼』『現代詩手帖』『はちょう』の既発表作品を中心に一冊にまとめたものです。
これまで、小笠原鳥類とセットで論じられることが多くて、しかも鳥類の蔭に隠れがちに扱われることが多かったひとですが、言葉でフルックス・ブラザーズな楽器破壊衝動なんぞとは、まったくちがうなあ。
「新しい詩人」シリーズ男子編は(私個人は)あんまり感心しなかったけど、駒ヶ嶺さんのは、なかなか読ませます。
いつも「鐘楼」の紙面を額縁のように彩っている、アール・ヌーヴォー調のガーリッシュ唐草のなかに飾られている(あるいは封じ込められているともいえる)作品が、わくをとりはらわれて、はばたきます。
これだけでもずいぶん印象が違います。
あふれ出るようにエネルギッシュな女性性を封じ込めて植物にもありえないほどの性なき存在にならないとある意味やっていけないところのある、この国のアカデミズムや「働く女性」の世界にふみとどまって働こうとする「女子」の、日々のフラヌールの実感も伝わります。ワレモコウ、ってのも枯れているなあ。自分ならなんの植物にするかなあ。
しかし、駒ヶ嶺さんついに筆名をジェンダー不詳カタカナ名前にしたのか…。
ぎりぎりで男名前でないのだな…
年をとっても「コマガネトモオ」で通せるかどうか。

ムイシュキン公爵大増殖の「最密充填むい」が妙に印象に残りました。
大きいむい、中くらいのむい、小さいむい、ってラヴリーじゃありませんか奥さん。
彼女(っていわれるのイヤだろうけど)の作品には、ジェンダー・コンシャスな批評は必要だと思います。ジェンダーとかそういう切り口で扱われるのは、本人はいやかもしれないけれど。

ポップな正義感に貫かれたジェンダー批評といえば、やはりこの人。ヤリタミサコさんから批評集をいただきました(全2冊、いずれも水声社)。
『詩を呼吸する--現代詩・フルクサス・アヴァンギャルド』には、ネットや朗読や紙媒体で書いている若い詩人たちについての、いまはなき「さがな」や、いんあうと第1期に発表されたエッセイもいろいろ再録されています。2冊目の『ビートとアートとエトセトラ』には、「分裂機械」などに収録されたビート詩論も再録されています。ビート詩の熱気みなぎる正義感や、遊び心を巧みに捕まえる文章が味わい深いです。詩に対する愛があふれています。雑食性の強さを感じさせます。意見の相違を受け止めあって、ジャンルを活性化させるには、やっぱり愛も必要ですね。
ともかく、やっぱり紙媒体にまとめるのは、良いです。手に触れてまとまって読めると安心できます。
フルクサスやビートの手法はいまはもう前衛ではないし、そのまままねしてもしょうがないと(私個人は)思いますが、いまの世の中では、セラピーとして活用できるんじゃないか、なんてことをしばし考えさせられました。まとわりつく意味から逃げ出したい、感じてもいいもの、怒ってもいいもの、叫んでもいいものには、ちゃんとレスポンスをしたい、身体性を回復したい、というとあまりにべたなのですが、それって、いまどきの詩にとっては実は切実な問題ではないかな…どんな、はっとするような表現を見いだしてゆくか、それが問題ではあるのですが。

…詩集の原稿は全部できているから、はやく、晴れて詩集を刊行できるご身分になりたいな、やっぱり自分の詩集も論考も出版しなくちゃいけない…と切実に思いました。目の前の大きな仕事を、まずは片付けます。

| | Kommentare (0)

12. August 06

ユリイカ増刊号でました|清泉寮のパンとジャム

□ユリイカ増刊号『総特集 アーシュラ・K・ル=グウィン』(青土社)に「海と曠野を渡る声 アーシュラ・K・ル=グウィンの近作をよむ」をなかにしけふこ名義で寄稿しています。商業誌批評デビューです。なぜか酉です。

結構みなさん歯に衣着せずにジブリの「ゲド戦記」の問題点を批判的に考察しているのが興味深いです。井辻朱美さんさすがです。
建築家なのにさまざまな政治的事情で突然あの世界に放り込まれてしまった宮崎吾郎監督の戸惑いがたいへんよく伝わるインタビューも印象的です。作り手の思いが伝わる冊子、美しい装幀(ミルキィ・イソベさん)も素敵です。お近くの書店でぜひごらんください。ネット書店でも買えます。ちなみに1300円です。

#実は私、件の映画はまだ見ていません。
ジブリのあのキャラクターデザインであの世界が二次元になるのも、文太ゲドと岡田王子ってのもかなり違和感あるとも…(しかも岡田クンは《東京タワー》のしふみさん(黒木瞳)の自堕落な愛人役があまりにピッタリすぎて…)。

□今後の登場予定(批評)×2本 
・相澤啓三さんの『交換』の批評をるしおるに書くことになったようだ。→本がきた。たくまざる知性とエレガンス(余裕)、詩らしい詩が満載(これ、重要)の、良い詩集だと思う。
・「玲瓏」の塚本邦雄ワンテーマって、たぶんまじめにとりくめばキリスト教ねたで書くことになるのだと思うのだけれど、「自分のすんでるところからみんな移住したし」「怪奇ピアノ・革命家チェッカー」のような短編やおまんがでは許してもらえないのだろうかなあ…

 革命歌作詞家に凭り掛かられて少しずつ液化してゆくピアノ/塚本邦雄

革命家がよりかかると溶けるピアノ。
革命度によって溶け方が違う。
さわっただけで溶かすヤツもいる…(震)
親子で革命度が違い、なんか微妙な空気が流れたり…。
そばに来てインターナショナルを数カ国語で合唱してピアノを溶かそうとするヤツがでたり…
(むかしいた研究室では、お酒が入ると、インターナショナルを何カ国語で唄えるかを勝負し合っていた人たちがいたよ。まだサークル棟に怪しいヘルメットがころがっていたような、90年代の半ばのことです)

玲瓏用の短歌をそろそろ準備しないといけないのではないだろうか。

論文もがんばろう。

□清里遠足おみやげレポート。

清泉寮(キープ協会)のパンはパンらしいパンで良かったです。
もっちりしたフランスパンの生地の中にまるごと1個のカマンベールの入った「カマンベールパン」素晴らしいです。
白ワインによく合います。
さすが聖公会系、だてに、聖餐式でほんもののワインを使う教派の農場じゃないな…。
(聖公会の聖餐式のワインは、日本でも、結構おいしいことがある。あれはどこで造っているのだろう…)
宿の食事もおいしいのかな
(吉祥寺にある聖公会の修道院「ナザレ修女会」のお食事は美味かったなあ)。
といって、生協で買ったアルゼンチンの「ヴィタ・オーガニカ・シャルドネ」で晩酌。
ルバーブのジャム、美味い!!
キリーを黒パンに塗って食べるとさらに美味!!
小さい瓶なのでもう食べきってしまいましたが、ルバーブジャムにはまってしまいそうです。
自分で似てもいいのだけど、肝心のルバーブが高いのではなあ…
(ルバーブ話、つづく)

□アロマその後
まるでリコラのスイスハーブキャンディで頭を洗っているような香りのマギー・ティスランドのシャンプーを使い終わったよ(髪の毛ははりはりくろぐろ)。
とりあえずロクシタンのTrois Huilesは手に入れました。それなりのお値段はするけど(ティスランドの500円増し)、あの自然さは安心できるかも。ちなみにTrois Huiles Iは、アニック・グタールのとってもすてきな「マンドラゴール」に香りが似ている。トータルコーディネート?

カリス成城では、ヴァントゥ山の農園で育てているハーブの香油を売っているらしい。
ペトラルカのあのお山ですよ…。
クラリーセージが3000円ちょいなのはありがたいなあ。
ちょっくら時間をみつけて池袋東武のカリス成城に行ってみましょう。

□ヒースロー大変だなあ…

| | Kommentare (0)

03. August 06

管理ページをあけたら|『化身』(倉橋健一氏)|どみ3位

□管理ページをあけたら、とつぜんアクセス解析のシステムが複雑精緻になっていて驚く。
電網世界の眼にからみとられているように感じられて鬱陶しい。
こんなに複雑にならなくてもいいのに。

遣ってみるとそれはそれで結構わるくないかも。

□詩集はわたし側の事情でしばらく延期になりました。遅くなっても必ず出します。その分よみごたえがあるものになると思います。あせってもしかたないし、くさるものでもないので、気長にまいります。
→規模も絞って、金策のめどもつきました。来年の前半のどこかででます。

□倉橋健一さんから『化身』(思潮社)をいただく。
倉橋さんは、戦後大阪詩壇の生き証人で、からだをはって本音勝負で、しかも篤実な日本語とたしかな知性で世相をするどく捉えた詩を書かれる。思潮社の『現代詩文庫 倉橋健一詩集』に入っている、エレノア・マルクスの出奔をうたった詩「暗いエリナ」を読んで、このひとは本物だ、信頼できる、と感じたものだった。
あの詩はすごいので、おすすめ。

「ヨハネ黙示録の天使の喇叭を聴くような気持ちでこの詩集をまとめた」とあとがきにある。
まさにそんなかんじなのだけれど、かたひじはらないのがいいかんじ。
川中子義勝せんせいの『遙かな掌の記憶』(土曜美術出版販売)とあわせてよまれるとしみじみする(と思う)。
時間をみつけてなにか感想文書きましょうかねえ…

実は倉橋さんは、投稿時代のわたしの作品の発見者で、この道に入る扉をひらいてくださった恩人でもある。
気長にやりなさいよ、と、励まされたような気持ちがする。


□むかむかしてばかりいるわけにもいかないので気を取り直して作業中です。アマゾン、牛津黒泉堂から7月中旬に注文した重要な本が続々届く(詩の本ではない)。今回は早いなあ。エクセターの友人から、出席できなかった某学会のハンドアウトが届く。学問的共同体の感覚は重要だ。

□ドミトリー・レフコヴィッチ氏、ニューオリンズ国際ピアノコンクールで3位入賞
184人(のうちから招待された12人)のなかを勝ち抜いての3位。ニューオリンズ関連ニュースポータルサイトに出ていた地元紙の報道(http://www.nola.com)は、なんだかとってもめりけんびいき(?)の雰囲気、どみちゃん完全アウェー試合なかんじで、さぞかしたいへんだったろうなあと想像します。このポータルサイトで、演奏のヴィデオクリップも一部見られます。あえてこの報道ではじみ~な側面を選んでいるような気がするのだけど、音楽的には品格と完成されたものがある…。
この人の演奏姿をみていると、なんかある種の美しさがあって、やっぱり地上的存在でない気がするのですねえ。
(よくみると、某スケート選手にはやっぱり似ていないかも…)
やまっけたっぷり野心たっぷりの若者になぜ勝てぬ…(涙)
自作も弾いたみたいですが(ついにやったか!!やるじゃんどみちゃん!!ちなみに地元紙ほめてました)、それはヴィデオクリップのなかに入ってなくて、見られなくて残念(見たい見たい激しく見たい)。
渋いひとだからなおさら世にでてほしいと思うのですよ…
次はリーズだがんばれ

□ヴィルヘルム・バックハウスの晩年のショパンの録音を聴く(1950年の録音)。葬送ソナタとかバラ1とかばりばりだ。剛毅なmanlinessむんむん、すごい絶倫老人ぶり。なよっちいのはきらいなので、胸が空くようでもある。

□暑いなあ、クォン・ヴーちゃん(涼しげな美貌のヴェトナミーズトランペッター)&パット・メセニーやケイト・ブッシュ(歌詞も素敵)もいいけど、コシュロー聴いてトリップするか…

| | Kommentare (0)

13. April 06

「羚」19号|「BCG」4号

■ついに新学期がはじまってしまいました。ことしはすべきこと以外はしないようにしよう。

■池袋リブロ内のぽえむぱろうるの閉店セールで値引きされていた現代詩文庫をいろいろ買いました。今月末までなので、お近くの方はぜひ。

■「羚」19号(神谷光信さんより)
神谷さんのカトリック信徒作家シリーズの須賀敦子論が出色。1960年代のカトリックのなかの左翼運動とのかかわりに焦点を当てていて興味深いものでした。本にならないのだろうか。日本のシュタイナー運動秘話を語る西川隆範氏の巻頭エッセイも面白かったです。澤井繁男氏の小説は一連の透析患者の男性の性と欲望をめぐる物語。臨場感はたっぷりなのですが、だんだん「羚」の旗印であるところの形而上色・宗教色が抜けていっているような気がするのは、私の気のせいでしょうか…

■「BCG」4号(中村恵美さんより)
手触りが良い冊子。表紙に散っている金色のわっかもさわやかで良い感じ。女性の書き手ならではの身体性、といわれている題材をのびやかに見つめる詩が並んでいて、往年の「ラ・メール」の系譜かもしれないなと思いました。清水昶氏インタビューは、学園紛争時代の「現代詩」の隆盛を生きた書き手に70年代生まれの聴き手(杉本真維子さん)が切り込むの図で、おもわず引き込まれました。

ピナを金曜日に見に行きます(聖週間だけど)。また書きます。←風邪がひどくて結局行かれませんでした。残念。

| | Kommentare (0)

28. März 06

鐘楼のウェブサイト、など

みなさまこんにちは。
所属詩誌「鐘楼」のウェブサイトができました。こちら。
http://www.geocities.jp/showrouou/top

一連の作業、とりあえず一区切りつきました。自作に、一回英語に翻訳してから手を入れると、なんだか急に詩がハンサムになるように感じます。驚きです。まだいくらか書かなければならないこともあるような気がするのですが、もうすこし寝かせておく必要もありそうです。

『辻邦生作品全集』第20巻(新潮社)入手しました。
辻邦生せんせいの作品には、『ポセイドン仮面祭』から入って、10代前半であらかた読んでしまったのですが、当時は『ある生涯の七つの場所』を特に耽読していたものです。
この書物、装幀からしてもう、辻邦生せんせい!という感じの、すみずみまで美意識に貫かれた書物。小説が小説であった旧き良き時代のかおりがただよいます。
しかし、せんせい、おまんが族だったとは存じませんでした。若い頃、おくさま(辻佐保子先生)と交わしたおまんがが口絵に掲載されていて、そこはかとなくほほえましいものがありました。

そうそうたるメンバーの執筆による「辻邦生論」を読んでいるうちに、なんとはなしに、『ユリアヌス』も『春の戴冠』も、歴史絵巻のすがたをかりたせんせいの自画像なのではないかという気がしてきたのですが、これは検証が必要そうです。岩波版『辻邦生歴史小説集成』の「執筆ノート」、手元においておきたいけど高そうだなあ。前に図書館で借りたことあるけど。

ともかく、研究に戻ります…

| | Kommentare (0)

23. März 06

で、できた…

こんにちはなかけふです
できました…詩集第1稿…(喜)
高松行ってきてよかった…

高松のステージをごらんになってドミトリ君で検索してこられるかたありがとうございます…(涙)
(高松の曲目つきプログラム、日本人に合わせて外国人のみなさまも同じようにハンガリー式に苗字が先に書いてあるので、その語順で検索されるかた、多いかも…)
ひそかに支持がひろがっているようで、推進委員会、非常に嬉しいです。
あんまり、日本のピアノ好き日記で(ショパンコンクールや高松の演奏を聴いた上で)彼について好意的に書いているひとっていないのですよねえ
たぶん彼についてちゃんと書いてるのはここくらいだと思います…
彼の芸風は、言語化するのがなかなかむずかしいところがあるような気もします。作曲家らしく、音楽の構造そのものの美しさを躍動的にみせてくれるところはあるのではないだろうか、と思ったりもする(ポストモダンの美しいがらす建築が光る雲の流れを映すように)。いずれにせよとても純真な音楽です。それをどう書くかはやはり詩人の腕の見せ所です。
あとは彼がアミーロフ風情に負けずに天然で上位入賞することを祈るばかりです。

やっと体内時計が普通に戻ってきたので今日はもうねますおやすみなさい。

| | Kommentare (2)

18. März 06

上陸|『repure』|ボルツマン先生衰亡記|『帆布』1号

◇みなさん週末いかがお過ごしでしょうか。なかけふです
詩集をまとめるにあたっていろいろ思案中です。古典を読んで弾いてそこから出てくるものをめぐってお庭をぐるぐる。私は幾重もの時間を生きている、等々。とりあえず今回は喜劇と教会婦人と短歌はしまっておきます。

◇高松国際杯(http://www.tipc.jp)なのですが、我々のドミちゃんことドミトリー・レフコヴィッチ君、春の嵐と共に日本上陸。
1次は明日(19日)の朝に弾く模様です。
何弾くんだろ。時差大丈夫かなあ。体力あるなあ。やっぱりコンサートピアニストをめざすとあれば丈夫でなければ、なのだろうなあ。
ヒルトンヘッド国際杯で2次まで共に闘ったひとの次に弾くなんて、まるで遍歴音楽学生教養小説(なんだそれ)。とにかく勝ちにいってほしいものです。
応援しに行きたいものですが、東京からではいかにも遠いねえ。
(しかし、ネット配信がないのは残念だなあ)


◇いただきものいくつか。
repure 創刊号
竹内敏喜さんから。ありがとうございます。
有働薫さんら、純心な魂の詩をめざす書き手が幅広い年代で集っています。「repure」は造語で、「レプレ」でも「リピュア」でもなくて、フランス語ふうに「ルピュール」と読むのだそうです。
江村晴子さんの『うらしろ』の装幀を手がけた水仁舎(http://suijinsha.jugem.jp)の北見さんの造本。表紙も中味もクリーム色のかった白。もちろん中綴じです。表紙の七色の箔押し文字が中世ヨーロッパの彩色写本のような色彩感覚。手触りもよく、目にも美しいです。

VIKING 655号(2005年7月)、國重游『静物/連祷』 (七月堂)
國重游さんから。ありがとうございます。
詩集は静かで美しい自然とそこから喚起される心象風景を定点観測的に撮ったことばによる映像作品風のもの(さいきんこんなかんじの詩集をしばしばみかけるかもしれません)。ロマンティックな資質が味わえます。

VIKINGに載っていた國重さんの小説「焼尽」(私のなかでは「ボルツマン先生衰亡記」)は、京都人の妻を持った19世紀風破滅型胃弱「天才」オーストリア人作曲家(凡庸な人々にかこまれた天才であることを自覚しているために作品がまとめられない)の衰亡を回想する京都人のその弟子の一人称小説なのですが、この弟子が京大オケ出身の日曜作曲家ドイツ文学者、という設定がなかなかありそうな感じです。京都とウィーンはどこか共通するところがあるのでしょうか、独特の高踏的なイケズぶりが味わい深いです。ところでこのオーストリア人作曲家の苗字が「ボルツマン」、一時期一世を風靡した某段階式激辛カレー屋を愛する男、を連想したのは私だけでしょうか。

ちなみに、都立国立高校音楽部にはかつて、「男子新入生をボルツに連れてゆき、激辛カレーを一発お見舞いする」という旧制中学的バンカラの風習がありました。男子どもは定期的にボルツに行っていたようです。ボルツのイニシエーションをはじめとするバンカラで喉と根性を鍛えられた面々は、大学に進むとワセグリをはじめとする各地の大学名門グリークラブに自主的に喜んで入る、という進路をたどっていたのですが、今はどうなんだろう。共学の高校における(バンカラに対比される)女子の女子らしさについてはいろいろ思うところがありますが、それについてはまた書きます。

帆布 1号 (中村恵美個人誌)
中村恵美さんから。ありがとうございます。
貴重な同世代の書き手です。
白い表紙に青い文字。「ラ・パハレラ、風の庭」のつづきと、レモンをめぐる断章(智恵子に智満子、昌代にもちろん忘れてはいけない基次郎)。
美人が書く美しい詩。とても瀟洒な、カタロニアの風のような冊子だと思います。あのあたりきっとお好きなのだろうなあ。カスティーリャでもガリシアでもなく。ぜひモンポウをおすすめしたいです。
わたしはついつい論理をよろってかまえがちなので、直ぐやかに風のように感興をかきとめる姿には、しばしば、いいなあ、うらやましいなあ、と思ってしまいます。
「ラ・パハレラ、風の庭」のシリーズには、弦楽器弾きらしきことばづかいも感じられます。
もしや中村さん、ばよりん弾きでガウディやカザルスのファンかしら???
って本人にきいてみよう。

| | Kommentare (2)

03. März 06

『彼方への閃光』(メシアンのでなくて詩集)|「ムーンドロップ」|『うらしろ』、など

◇灰の水曜日もすぎました。
今年も額に灰を塗られに行かなかったなア。うう。
みなさんいかがお過ごしでしょうか。
学位論文は結局来シーズンにもつれこむことになりました。詩のことだけゆっくり考えていられるようになるのは、まだ当分先のようなのですが、詩も書いていなければいまごろ孤独病と鬱状態のどん底におちたままだったことは確かです。長期戦、コンディションを整えてギリシャ語ばりばり読みましょう。良い精神状態で、良いものを書けますよう、ひきつづきお祈りくださいませ。
そうです。悪念はノーサンキューです。のしつけて二倍返し三倍返しにしてお返ししますからそのつもりで。

◇さて、最近のいただきものです。詩集・歌集は、やっぱり読んでいて心地よいものがいいと思います。

◇國重游『彼方への閃光』(書肆山田)
國重さんご本人から。ありがとうございました。
寒くてしめった岩だらけの北欧の荒野や浜辺を歩くうちに思い浮かぶきれぎれの思いをかきとめたような断片の展示からなる長編詩。ペーテリス・ヴァスクスの《遠い光》とか、あのあたりの青緑の光がかった大気の雰囲気がお好きな方ならきっとはまると思います。ちなみに、ご本人は後書きで「メシアンの音楽語法に影響を受けた」と書いておられます。題名もメシアンからの引用だそう。個人的には、メシアンはもっとカラフルな気がするのは、たぶんトゥーランガリーラーと《幼子イエズスによせる20のまなざし》ばかり聴いていたせいでしょう、きっと。
装幀も瀟洒です。表カバーをはずすと、明るめの灰色の紙に千鳥のような石の形の型押しがしてあります。
栞は藤原安紀子さんがお書きです。この詩集には詩のミイラがたくさんいる、小さな死を求めて交わりすぎて屍体になってしまった詩のミイラがたくさん、でも、ミイラたちは屍であることを美しいと思っている、という趣旨でした。もちろんそれって、ほめことば…。

◇「ムーンドロップ」5号、6号
同じく國重さんより。6号は杉本徹さんからもお送りいただきました。ありがとうございました。
京都に縁のある書き手がつくる詩誌で、京都らしい落ち着いた時間の流れを反映した紙面をつくる方針とのこと。表紙と本文の紙質がグレードアップしました。ふかふかのきなこ色の紙に、これまた上白糖色の厚めの上質紙、まるで地元の人しか知らない和菓子屋でつくっている餅菓子のような印象です。おいしそうな装幀です。
内容には、ひんやりとしたドイツ語圏の神秘風味も漂います。國重さんのほか、河津聖恵さん(実は國高の先輩なのですが、まだお会いしたことがない)、飛鳥井雅友先生(おお、シューキョーガクの先輩だ)など、故・田口義弘先生のかかわっておられた「貝の火」にも執筆された書き手もおられ、京都発でドイツ語圏の宗教詩に触発された作品を紡ぐ系譜の冊子のようにも感じられます(乱暴なまとめかた、おゆるしください)。ツェラーンがかっこいいようです。青ざめていますが、嫌な感じはしません。京都の独特の陰翳も感じられます。
おおう。6号の藤原安紀子さんの文章がぐっと読みやすくなっています。魂の作業としての詩、という主題で、けっこう良い感じ。な、なに、ツェラーンとアーレントの引用を????どうしたんだフジワラ、いったい何がおきたのか???

◇江村晴子『うらしろ』(ふらんす堂)
江村晴子さんからいただきました。ありがとうございます。
この本も和菓子系の装幀です。薄いクリーム色のかった白(鳥の子色)に、あかね色の囲みに入った題字、帯は桃色。左上に配された題字の回りに、金の線を散らしてあります。おおとっても和の風味です。手にとって目でも見てハッピイです。
中味は中世説話文学と『徒然草』の題材に取材して、現代人の目にもリアリティのありそうな物語の筋をすくいあげて、ひらがな成分の多い現代語・古語を交ぜてソラリゼーションをかけた世界、とでもいうのでしょうか。金沢の「巻絹」とか、お正月限定花びら餅(鶴屋八幡か笹屋伊織を推奨)に、良いお煎茶でも淹れて、楽しみたい世界です。もちろんひなあられもオッケイです。ということは、もしやえむらさん、ひな祭りを狙ったか。
30頁弱でお値段は1800円、高いか安いかはアナタしだいです。おきにいりの版画を買って家に飾るみたいなものだと思えば、妥当なのかも知れません。おまんが心を誘う詩集でもあります。もっと値段を安くして、すっきりした線の中世ひとこままんがつきバージョンも出したらもっと多くの人に読まれそうな気もします。

…うわっよくみたらこの本和綴じだったきれいな糸で中綴じだった。すごい。1800円するはずだ。

てざわりの良い本は、いい絵を飾るように、ぜひ、おうちに一冊。今回の2冊はおすすめできます。
ふらんす堂の本、書肆山田の本、いずれもネットで注文できます。

◇そろそろ我々のドミちゃん、ヒルトンヘッド国際杯を受けるはずです。勝て、勝つんだ、ドミ…(鼻息)

さっき読者のかたから教えていただいて、高松国際杯のウェブサイトみましたが、てえへんだてえへんだ、ドミちゃん、日本上陸の模様です。
しかし、高松は、ガッコ始まるまでギリシャ語おこもり一人合宿決め込んだ今のケフ的にはかなーり遠い…
♪らららいっつてんぷてーしょん~♪

| | Kommentare (5)

25. Februar 06

黒い報告書風味・顔のない男

ほぼ日に送ったある小ネタが採用されたー(喜喜喜)
原稿進んでるー(喜喜)
てなかんじで潜伏中です
☆ほぼ日の記事をごらんになって検索して来られた皆様へ。
ようこそおこしくださいました。
ドミちゃんことドミトリー・レフコヴィッチ氏についてはまずはこれこれをどうぞ。
音はここここできけます。
ただいま国際コンクール転戦中の若手で、悲劇役者プルさんとはずいぶん芸風ちがうのですが、チャーミングで知的で明朗闊達なピアノが素敵です。

◇さて、ちょっとこれだけは言わせてください。

知り合いの歌よみの人から、女の子が長年の片思いを成就させる話をふんわり微熱のポエムとタンカとフォトで綴った歌日記形式ポケットブックなご著作を頂戴いたしました。
ありがとうございました。

ほんわりとナイーヴなきみぼくいまここな気分でいっぱいの、恋をすることで救われたくてたまらない多くの若者の甘えた根性をむんずとわしづかみにしてしまうであろうコケティッシュな世界なのでありますが、よく読んでみて、リアリズムで再構成してしまうと、なにやらこわい話を思い浮かべてしまいます…

weiter lesen "黒い報告書風味・顔のない男"

| | Kommentare (0)

04. Februar 06

「玲瓏」63号(デビュー)、「ミて」1月号|文房具のはなし|

■ものすごい勢いで原稿を書いているとなんだか頭の地肌がぞわぞわして、髪の毛がぬけたり、白髪になりそうな感覚がします。白髪、確実に増えている模様。L'Occitaneのシャンプーはなんとはなしになごむようです(高いのが難点)。わかめと豆腐のみそ汁つくろかな…食材もいろいろ貰ってきたし(有り難いことです。涙)

■「ミて」1月号出ました。詩を2つ寄稿しています。
「玲瓏」63号届きました。塚本邦雄先生追悼特集号、読み応えあります。
私は今号がデビューです。「Andreanopolis」20首寄稿しています。
なぬ64号のしめきり、よりにもよって2月末なのか…がんばろう自分(涙)

■すごい勢いでRhodia No.11が減ってゆきます。電車の中でメモをとるときに最適です。イギリスで買いだめした4つ穴A4ペーパーがなくなってきたので注文しました。Oxford InternationalとElcoを遣っています。でもって、RhodiaのリングノートとMiquelriusのリングノートの余りを分解して、A44つ穴ペーパーの山をつくりました。紙が減ってゆき、コンピュータのなかに原稿が増えるのが快感です。Miquelriusはたしかに紙質が落ちる気がします。Rhodia>Oxford International=Elco>>>Miquelriusの順に書きやすいかな。クレールフォンテーヌの紙も使ってみたいです。ムラムラと文具欲が湧いています。大学生協でEsselteのファイルを安売りしていたので、迷わずゲット。こっくりと透明感のある深緑の色にノックアウトされました。

■国立の実家に置いてあった本を取りにかえり、AERAを久々によみました。笹野みちるのインタビュー(というか、ルポルタージュ)が興味深かったです。ポートレイトではスキンヘッドが似合っていて、畏友やまじえびねの作品に出てきそうなミュージシャンの雰囲気でした。映画化される予定の《百合子、ダスビダーニャ》では、湯浅芳子に扮するのだそうです。他に誰が出演するのかな。見たいなア。でも、資金難でなかなかクランクインしないらしい。尾崎翠に扮した白石加代子がとてもさわやかで素敵だった《第七官界彷徨 尾崎翠を探して》の浜野佐知監督のメガホンなら、期待大なのですけれど…

■それではまた潜伏します…

| | Kommentare (1)

31. Januar 06

ウェンディ・コープの本|『遙かな掌の記憶』|「鐘楼」9号|にしわきくん講座

■1月ももうおわりですか。皆さんお元気でしょうか。私はひきつづき潜伏中です。論文に光がさしてきました。がんばりましょう自分。

それでは詩歌の話、まいりましょう。(実は、音楽断ちしています。かたちになってきたけど舟歌どころじゃありません)

■電車&風呂読書用に注文していたウェンディ・コープ(Wendy Cope, b1945)の作品集いくつか、来ました。コープは、イギリスの詩人で、オクスフォード大学のSt Hilda's Collegeで歴史を学んだ人です。いや、もう、ひとりじめしているのはもったいないくらい、最高に愉快でおもしろいです。知的でチャーミングで媚びてなくて、しかも笑いが効いてます。風刺精神と、人間に暖かいまなざしをそそぐ幸福追求の精神が同居していて、いろいろ過去の名作のパロディもあり、表現も簡潔でわかりやすいです。Faber社らしい、表紙の色遣い鮮やかな、瀟洒な造本もオサレです。
翻訳意欲もりもりです。あーなんだかげんきがでてきたぞー。くわしくはまたあとでかきます。

■川中子義勝先生の『遙かな掌の記憶』(ご恵投ありがとうございます)、沈潜のなかの文明批評がひたひたと魂に効いてきます。静かな野原のなかの岩のような詩をよみたいかた、ぜひ。土曜美術出版社から。

■「鐘楼」9号が出ました。もう、遠い昔のように感じられるのですが、夏に書いた詩が出ています。池袋ぽえむぱろうるにも置いてあるそうです。けふ文字ファンのみなさん、レッツゴーです。定価500円、ワンコインです(ぽえむぱろうるには「かばん新人特集号」もあるそうです。そちらもぜひ)。駒ヶ嶺朋乎さん(今回はコマガネトモオ名義)のロードムーヴィー的エッセイが面白かったです。もっとたくさん読みたいです。詩も、ひとまわり大きくなったな、という印象をうけました。鐘楼の女子諸君、湿気取り能力をどんどん発揮しようではないか。
杉本徹氏の下北沢カフェめぐりエッセイも読んでみたいですね。

■新倉俊一先生の「西脇順三郎を語る」講座行ってきました。いや、もう、にしわきくん素敵です。ポポイのパパイのヒュークサイです。
新倉先生がおっしゃるには、西脇順三郎はとても真面目な人なのだけれど、からかいながら遊んでみる気持ちがあるそうです。そこが新しさにつながる模様です。『Ambarvalia』は極東の古典読みの孤独の書であるとも。そうでしょうそうでしょう。
『Ambarvalia』初版本の復刻版をみせていただきました。な、なんと、あんな写真やこんな写真がノンシャランとはさんであるなんて!口絵のびっくり顔のカリマコスの頭部彫刻の写真や(なんとなく、世界堂の「モナリザもびっくり」に表情が似ています)、いかにもルネサンスぽいカトゥルスの詩集(?)の口絵とか、ロマン・ド・ラ・ローズの詩の途中にファンタン=ラトゥールの《芸術家たちの食卓》の図版とか、セーロンの詩の途中に「印度の蛇つかひ」(子供が不思議そうに見ている)の写真とか。『超現実主義詩論』の初版本にも、あっと驚く口絵が入っています。ポリネシアあたりの先住民の若者と子供の写真(これが、実にいい、柔らかい笑顔なのだ)、女性の表情いろいろのフランスの石鹸の広告ポスター、「そこに行って「トリトンの泉」を書いた」ことになっているピアッツァ・バルベリーニの写真、トマス・アクィナスの比較的スリムに見える肖像画が、ヒエラルキーなしにどーんと並んでいます。「強者・西洋」から一方的にじりじり照りつける「東洋」へのまなざしに悲憤慷慨する故エドワード・サイードも思わず毒気を抜かれてしまいそうでした。にしわきくんを海外でメジャーにする会でもつくりたいものです。
2月にはやっぱり行けなさそうなので、最終回が楽しみです。

■それではまた潜伏します。しばらくごきげんよう。

| | Kommentare (2)

08. Dezember 05

かばん新人特集号でました

■かばん新人特集号が来ました。
装幀と目次のレイアウトが斬新です。見てびっくり。本文はゴシック体。ある意味、「短歌ヴァーサス」本体以上に「短歌ヴァーサス」的な雰囲気を感じさせます。たしかにゴシック体が似合うひと多いものなあ。
わたしの作品は、「架空の河、架空の庭」30首がのっています。
内部評は大月晶子さん、外部評は黒瀬珂瀾さんです。
その、現実のてざわりとやらをもちこまない詩の作法についての、からんさんの評言は的確だとおもいました。たとえ巫女的イマジネーションをつかおうとも、作曲といっしょで、理性を遣わなければ詩は書けません。

ともあれ、自身の感受性と理性の信じるところにしたがって、作品を書いてゆこう、と強く感じさせられました。
ただいま第一詩集計画進行中です。

■かばん12月号には「鳩を放つ」8首が出ています。

波の果てかぎろふ春のふなべりに鳩を放てり舵をたへつつ

ゆくの、ゆかないの金髪の青年露西亜語で弾くためらひがちに日本語で聴く(愛つてなに、戀つてなに)

みづからのあをきはるをばはふりけりみづきゆく髪水葬のうた

これらもはいっています。どんな感じで載っているかなあ。早く来ないかなあ。

■おそまきながら、品川のEcuteとDean&DeLuca、最強だと思いました。Dean&DeLucaに、なんと、おろしや國系おふらんす紅茶のKusmi Teaを発見。パリや伯林のギャルリー・ラファイエットにいかなくっても、東京でアナスタシヤとプランス・ヴラディミルの葉っぱが買える!!うれしいーーー。英国渡りのざっくりした紅茶とちがって、長時間たっても澄んだ水色、澄んだお味がうるわしい。Dean&DeLucaのイートインのカフェラッテも美味。白金から歩く道も心地よいです。目黒や溜池山王まで歩くのは結構殺風景なものがあるのですけれど。

■朝の経済欄を観ていて眼を疑いました。いつのまに£1=215円かよう。もっと安くなってくれないと…

| | Kommentare (0)

01. November 05

ぶんだー氏雪辱戦?/えんばさーだ・で・めひこ朗読会、など。

□こんにちは。みなさまのたのしい脳内亡命詩人・悲観的楽観主義者なかけふです。「苑生」は残部保存分だけになりました。2月末までほんとうに動けませんので、増刷はしません。

□我らが無冠の覇者、インゴルフ・ヴンダー君のウェブサイト見ました。11日にクラコフでショパンの1番を弾くようです。指揮は「酔っぱらい先生」こと、巨匠、イェジー・マクシミウク氏。ああ激しく聴きたいです。そのほか、Wintertur、ワルシャワなどでもリサイタルあり。夜のギャスパール弾くようです。こちらも激しく聴きたいです。

□でもって「夜のガスパールとリーザ」ただいま妄想中。あのおフランスうさぎぬいぐるみの兄妹(ガスパールとリーザ)がラヴェルの音楽とともに夜を旅します。そこにシュティフターのエッセンスなどもふりかけて。あの、おそろしく素早いスカルボくんに驚くガスパールにリーザが「そうよ、おにいちゃん!」おおう

□朗読会。メキシコの詩人たちの詩は、やはり、詩に敬意が払われている土地柄ならではの堂々たる品格をもつものでした。スペイン語の陰翳のコントラストの深い、乾いた響きはたしかに神を語るのに向いているのではないかという印象ももちました(脳内にアビラのテレサ、フランシスコ・ザビエル、十字架の聖ヨハネ)。なんにもない部屋の空虚がこわい、それをうめつくしたくなる、というルイージ・アマラ氏の簡素な詩、蹴球場の心をざわめくことばでうたったアントニオ・デルトロ氏の詩が印象的でした。
日本側の出場者では、やっぱり白石かずこ女史が別格の貫禄勝ち!巻物を手に持ってするする広げながら、おかあさんおばあちゃん大地の女神の昔語りのように、悠々と語ります。なつかしくもあり、心もでっかくなりますね。真実を貫いて闘ってきた者だけのもつ余裕と輝きがありました。かずこちゃまラヴ。

ちなみに、巷で話題の「方法詩」のユニットも出てました。123の数字をランダムに並べて、「誰にでも、どんな言語のつかい手にも出来る呪術性の強い詩」をつくる、アレです。合唱の人には、東京混声合唱団で初演された鶴見幸代女史の《縞々》でもおなじみでしょう。今回は、さかいれいしう女史が松井茂氏の作品に音程を付けて「123321」と歌っていました。かなーり60年代風味でした。もちろんスペイン語版もあり、うのどすとれす言ってました。うのうの、うのうの、ドスドス、ドスドス言ってたらかなり日本語としては笑えると思うのですが、笑いという快楽と言語のエロスを追求しないのが「方法主義」のお約束みたいなので、誰も笑いませんでした。最後に「ウノ!」と来ました。修学旅行サークル合宿卒業旅行の友の、某カードゲームを思い出したことはいうまでもありません!!でも、お約束を知っているので、誰も笑いません。ウノ!ウノウノ!ああ某カードゲームしたくなってきた…。

そういえば、「方法ばばぬき」もあったけれど、せっかく遊ぶのにつまらなさそうな態度でこれはつまらないことだと思いながらやらなくてはいけないのは、自分にはむかないな…スノビッシュなのはもっといやだけどサ。

□歌人のKさんに「なかにしけふこはもっと世界を呪っている人だと思っていた」と言われました。ふーん。ほおおん。そうみえるんだああ。へえええん。

□めひかーなの皆さんに毛富文字を推進してきました。「えねるぎーがあるね!」「これは君の胸の鼓動だよ!」うれしいぞ!かっこいい!

□読者諸姉から「けふこよ語れ、レフコヴィッチを」とリクエストいただきました。すくなくともいくつか切り口はあるのですが、某ポーランドTVやコンクール本部プレスの報道映像に、要所要所でまるで「コンクールの天使」のようににこやかに登場するれふちゃんには、おおいに詩魂をかきたてられます。私が語らないで誰が語る。ただいま構想中です(喜)

| | Kommentare (4)

29. Oktober 05

火刑台上のジャンヌ・ダルクチョコレート、砕氷船の舟歌、大人の音楽の友・白石かずこ自伝。

□こんにちは。みなさんワルシャワ時間生活からは復帰されましたでしょうか。私は時々、まだ朝の2時半に目が覚めては、はっとします。

□夫がフランス土産にLes Larmes de Jeanne d'Arc(ジャンヌ・ダルクの涙)というチョコレートをもらってきました。ルーアンのAuzouというチョコレート屋さんの製品で、チョコレートがけアーモンドの類です。かりっと炒って糖衣をかけたアーモンドに、ふかふかのスウィート・チョコレートの衣。もちろんココアパウダーはふんだんにふりかけてあります。白地に青文字のパッケージには火刑台上のジャンヌ・ダルクのイラストレーションと、故事来歴が。聖女の涙を食するというしつらえとは、さすがおふらんす、不謹慎にもおいしくいただきました。ごちそうさまでした。ちなみにわたくし、ジャンヌ・ダルクもの映画では、古典的な《裁かるるジャンヌ》もよいですが、だんぜん、ジャック・リヴェット監督の《ジャンヌ》二部作がすきです。

□ふと耳の奥にDmitri Levkovich氏のひく、オールの水さばきも鮮やかな、オンタリオ湖に注ぐドニエプル河の《舟歌》がなつかしくよみがえるのでした。そこで《舟歌》の楽譜買いました。いえ、ウチには夫の仕事柄、いろいろなのがあるのですけれど(中古楽譜屋で買ってきたどこかの音大生のレッスン譜らしきものまであります)、新しく譜読みするなら自分のがほしいなあと思ったのです。ナショナルエディションは結構なお値段するので、パデレフスキ版です(といったら、「ナショナル・エディションうちにあるよ」と夫が言っています)。ああしばらく砕氷船みたいな譜読みです。

□メキシコ大使館の朗読会に招ばれたので、その予習で白石かずこ女史の自伝『黒い羊の物語』(人文書院)をよみました。女性が性や欲望を詩に書くことが抑圧されていた時代に、「男根詩人」「性詩人」と非難されながらも、ロックスターのように勇敢に大らかに女性の生命力や性愛を詩に綴ってきた先駆者で、75歳になんなんとするいまもなお、「詩のロックスター」として旺盛に活動しておられます。フリー・ジャズと朗読のセッションの名手で、世界の詩人たちとも積極的に交流しておられます。実は、白石女史の朗読を聴くのは今回がはじめてなので、非常に楽しみなのでした。
『黒い羊の物語』、圧倒されました。いや、やはり、早熟な詩人の、壮絶で力強い人生です。かつて白石女史が翻訳した、女性の愛と生命力を力強くうたうアメリカのレズビアン・フェミニスト詩人、Adrienne Rich女史の作品も、リッチ節にしてかずこ節な雄渾なる訳文も切々と思い出されました。物語のあった時代はいいなあ、と素直に思いました。もっとも、昨今の風潮としては、女性の詩と言えば性愛のグロテスクやフラート至上主義、のようなところがなきにしもあらず、そのような風潮を女史がどう考えておられるのか、そのあたり、とても興味があります。身のうちからあふれる生命力や愛を詠んでいるのだから、「男根詩人」「性詩人」といわれても本望だ、と言い切った女史ですもの。

□そこで、「大人の音楽の友」でございます。女性の豊かな生命力あふれる「女陰ピアニスト」といえば、やはり、アルゼンチン出身の、最近は室内楽を主になさっている、あの方でありましょう。往年の《クライスレリアーナ》素敵でした。男性の生命力にみちみちる「男根ピアニスト」といえば、やはり、アルトゥール・ルビンシュタイン先生をおいてはほかにいないでしょう。彼の弾く《英雄ポロネーズ》は圧巻です。あんな優雅なマッチョは不世出です。

□「大人の音楽の友」シリーズと、「乙女と乙女の心を知る男子のための西洋古典音楽鑑賞」シリーズ、これからときどき配信します。「乙女…」では、サンソン・フランソワ先生の演奏映像DVDのボーナス・クリップに入っている、ベンノ・モイセイヴィッチ先生のバリッとしたタンホイザー序曲の話なども、いずれいたしましょう。背筋もまっすぐにバリバリ弾き終えて、「それではみなさんおやすみなさい」カメラにむかってにこり。ああ。モイセイヴィッチ先生、かっこいい。素敵。
はっ。これでは「かっこいい列伝」ではないか。

□念願の西脇順三郎全集(新版)がきました。ムフフフ。もっとも、あけてしまうと詩ばっかりよんで勉強しないので、春になるまでしばらく封印しておかなければ。
□それではみなさまよい週末を。朗読会のはなしはまた書きます。

| | Kommentare (2)

25. September 05

ポポイにしわきを語る会。

☆秋がくると元気になります。このままどんどん寒くなってほしいです。

☆土曜日は、新倉俊一先生のお招きで、駒澤大学中央講堂で開催された「西脇順三郎を語る会」に行ってきました。たいへん有意義なものでした。スピーカーは『西脇順三郎、永遠に舌を濡らして』を出された中村鐵太郎さんと、小千谷の「西脇順三郎を偲ぶ会」の山本清さん。
中村さんの、「神話的・古代的なものと現代詩」についての問題提起には大いに考えさせられるところがありました。もういちど西脇にたちもどって考えて、詩を書こう、というアイディアには賛成です。山本さんの、最晩年の西脇の思い出話がとてもおもしろかったです。もう、おまんがの宝庫です。「ぼくはこどものころから好奇心のかたまりだった。それと、長生きしたから、いいしごとができたんだ」にしわきくん素敵です。テレビドラマや映画にしてもおもしろい人なんじゃないでしょうか。一度小千谷にも行ってみなくてはいけません。
お茶会ではいろいろな注目すべき人々に出会いました。「おまんが・にしわきくん」が意外に好評で、おどろきました。西脇の仲間たちの気持ちのすがすがしさには、若者としては、大いに励まされました。いい夏休みのしめくくりになりました。来年もとてもとてもたのしみです。

☆いただきもの
La Polvere 4号(佐藤弓生さんより) 
笹原玉子さん、来住野恵子さん、野村龍さんの同人誌。やわらかな、花の香りのすることばでみちている冊子。彼らの作品ではとりわけ、キリスト教的な表象が意識されているのだろう。
「宗教的イマジネーション」を語ろうとして、神秘的合一の表象をもちいる作品が並ぶ。マルティン・ブーバーのいう「我と汝」とか、花嫁神秘主義とかを思わせる「聖なるもの」との親密さを喚起する表現がふんだんにもちいられる。たしかに、今時の時代の聖性への渇望をいいあらわして興味深いのだけれど、おそらくは、宗教的共同体の外側から宗教的なものにあこがれると、こんなかんじになるのかもしれない、という印象も受ける。もっとほかの語り方もあるだろうと思えてならない。さいきんの「宗教っぽい日本語の詩」については、もうすこし事例を集めて、そのうち批評を書きたいところ。

それにしても、スコットランドの紅茶エッセイなら、私はもっとハードボイルドなものを書くだろう。「君はアールグレイかね。」「ええせんせい。」

ふと思ったこと。来住野恵子さんはフランドル旅行エッセイで、フランドル楽派への傾倒を語っておられるけれど、もしかして、ヴォーカルアンサンブル・カペラ(の、ミサ形式の演奏会)とか、お聴きになる人なのだろうか。

分裂機械の最新号(ヤリタミサコさんより)
60-70年代アンダーグラウンド風のイマジネーションを今もなお保ち続ける冊子。いつ読んでも同じ味がする。グノーシス主義文献を読んで覚えるなんともいえない暗澹とした怒りと絶望と選民意識の気分がすきなかたにはおすすめする。この先もなお、往事の気分満載で進んでゆくのだろうなあきっと。

☆明日から新学期です。しごとするぞしごとするぞしごとするぞ。なので、じゃましないでね。

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)

14. Juni 05

そして倉橋さんも。

★そして倉橋由美子も死んだ。ほんとうにひとつの時代がおわってゆく。

倉橋由美子の作品は、高校生の頃、夢中になって読んだ。
足穂的鉱物少年にも、パブリック・スクールの美少年にも、ましてや安部公房の描くシュールレアリスト・ボーイズにも、なりたいと思ってもなれないけれど、さりとてジャズ喫茶の少女やぴかぴかのチア・リーダー的美少女なるものにはなれっこないしなりたくもないと思っていたそのころ、スミヤキストQやアマノン国や聖少女やパルタイは、ひとつの驚異でもあった。世界文学なら、やはりヴァージニア・ウルフがいるけれど、日本語文学の湿度のなかでも、硬質なうつくしい文体で、あのような世界を、女の人が書いている、書いてもいいんだ、ということじたいが、驚きであり、はげましでもあった。60年代に、「私の愛は男色家の愛のようだ」なんてしびれるせりふを、年下のおかねもちの美少年を自分好みの恋人にする女子学生のせりふに遣えるひとは、そうそういない。
もっとも、彼女の作品は、けっして、読んでいて鬱屈が晴れるというたぐいのものではないし、今、改めて読んでみたいか、といわれると、返答に窮してしまうところはあるのだけれど。
死出の旅路でも、きっとシュールレアリスト的な冒険を繰り広げておられるのかもしれない。旅路安かれと願う。

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)

11. Juni 05

塚本邦雄先生逝去。

塚本邦雄先生逝去。また巨人がひとり。胸に迫ります。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

毎日新聞のニュースソースがくわしいですね。


| | Kommentare (0) | TrackBack (0)

22. April 05

ついに出ます苑生2号。

☆新学期驀進中の今日この頃です。
 お待たせしました。「苑生」2号、やっと出ます。26日に印刷します。
 藤原安紀子:新作1篇
 釘宮明美:詩2篇
 なかにしけふこ:詩2篇、短歌10首(英語版つき)
           エッセイ「すみわたるぱるなすのやまにこだましてうたびとわたれきりのまにまに」
           折り込みまんが「Flux☆けふうさぎ」
                     「にしわきくん」
nishiwakikun1

 □限定100部、定価500円です。池袋のぽえむぱろうるには置く予定です。
 □藤原さんの作品の装幀に注目。
 □ハフファンのみなさまへ。エッセイはマスタークラスのリポートです。
 □Flux☆けふうさぎ、、、それは、フルクサスを見に行ったけふうさぎ、、、、。
 お問い合わせ・お申し込みはこちらへ。
 (実際にメールを送られるさいには、「kefkef-」をとってお送りください)

☆ただいまお片づけ中(部屋をきれいにしないとお仕事が出来ません)。銀のぶどうの「しらら」の仲間、「豆乳苺ご」はおいしかった。

☆新ローマ教皇決定。ずいぶんとコワモテなおかおのかたである。報道写真に写るご尊顔が日に日に悪人顔になるのはなぜだろう。私の気のせいだろうか。説教や典礼論のご著作は感動的だけれど、第三世界やマイノリティの人におっしゃることが厳しすぎるような気がする。ツツ主教の抗議ももっともだ。これからマイルドなお顔になられるのだろうか。BBCの報道では、ピアノ好きで、ベートーヴェンを好まれるとのこと。いかにも。(イメージ画像:コワモテのまま、ワルトシュタインをガシガシ力強く演奏する新教皇座下)

☆このサイトが「なかにしけふこのお菓子な日常」になってしまうのもこまるので、音楽や展覧会や本のはなし、また書きます。
ベルギー象徴派展は、図録の解説論文が素晴らしかった。あの部分だけ分冊でほしいくらいです。達者な技量で描かれたファム・ファタルにみちみちたエロスとグロテスクの世界はなんとも過剰なものでした。描かれたブリュージュの運河のぬめっとした水面からはムワーッとなにか怪しげなものが間断なくたちのぼってきそうでした。宗教画にはどことなくニューエイジ宗教のイラストレーションにも通じるぎらぎらとみなぎる多幸感のけはいもありました。描かれた聖人や聖女の目が、みなありうべからざる毒々しい、きつねつきのような恍惚に満ちている。こういう世界がわかる、共感できる、という態度を示さないと、詩人にあるまじき無粋者、とある種の「現代詩人」の世界では軽蔑されたり石を投げられたりするのかもしれないなあ、と、いどころのない思いをかかえながら、見たものでした。クノップフはうまいと思いました。あのぬらやかな水面は、やはり他のひとには描けないものでしょう。メリザンドの顔があだなフランス語圏の少女の顔だったり、ブリトマートの容姿がなんとなく男気あふれるダイクなおねえサマだったりするのも、ニヤリ。でも、やっぱりわたしとしては、ラファエル前派のホルマン・ハントとか、ムーアあたりの、どこまでも清潔で、ときとして酷薄ですらある透徹した写実的描写のほうが、好みです。

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)

01. April 05

3月の詩歌。

3月には、かばんズの伴風花さん柴田瞳さんの歌集批評会とか、和合亮一氏の「いんあうと」大決算の集いとか、斉藤斎藤氏の批評会とか、東京での重要なソサエティのお知らせをいろいろききましたが、仕事にかまけてみな行かれませんでした。冊子も発行を延期しました。詩集も歌集もあまり買いませんでした。

ただ、環境をかえてみることで短歌がもりもり生まれたのはたしかです。やまとうたがわたしをまもってくれている、という感覚を空港でふと感じました。しんとしずかな古典読みの生活の中で、詩歌をつくる身体への飛躍がおきる瞬間をじっくり観察していました。もっとも、海外詠も国内詠も、出てくるプロダクツがわたしのばあい、あまりかわらないような気がします。10万円も払ってヒコーキにのれば、12時間で地中海やブリテン島に行ける時代でもあることとは多分に関係があるでしょう。

weiter lesen "3月の詩歌。"

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)

31. Januar 05

朗読会@明治学院

言語文化研究所主催の朗読会に行ってきました(1/29)。

http://www.meijigakuin.ac.jp/event/kouen_log/001732.html


その場に「詩人」が来て自作を朗読することに意味がある。そんな集いでした。
詩歌の朗読会にはなんとはなしにアンダーグラウンドなけはいがまつわりますが、今回はそうでもなく、むしろさわやかですらありました。コーディネーターの天沢退二郎・四方田犬彦両先生のお働きでしょう。
それから、やはり会場であるところの明治学院の長老派系ミッションスクールの雰囲気に支えられているところは大きいでしょう。どんなにきたないものをぶつけてもきよらかにする大らかな雰囲気がプラスに働いているように感じました。
明治学院も詩人が教壇に立つことが珍しくはない学校でもありますが、世のみにくさにまみれてどろどろになればなるほど「在野の精神」を体現している、と称賛する都の西北某ものかき養成系大学との校風の違いは大きいかもしれません。

それにしても、みなさん演劇の素養がおありなのでしょうか。朗読、お上手です。
書き手とテクストのあいだに乖離がないように感じさせます。
ああ、このようなひとがこのような詩を書くのか。という発見があります。

池井昌樹さん。たたずまいと朗読そのものが「池井のテクスト」でした。

工藤幸雄さん。飄々としたかわいらしくもあるおじいちゃま。長年ポーランド文学の翻訳に携わって来られたかた。近刊の詩集『不良少年』(思潮社)から、若い頃の作品と最近の作品を数点。やはりその時代ごとの重みが声にのってつたわってくる。

よもたせんせいはやはりロード・ムーヴィーでした。イスラエルでの在外研究中の見聞を詩にしたもので、「三蔵2」掲載のよもた訳パゾリーニ「イスラエル」へのオマージュのようにも聴けました。エスノグラフィでもあって、とくにモスクの跡地利用の詩は個人的には興味深かったです(←スーパーマーケットに転用はすごすぎる。また歴史家根性丸出しの感想)。

石井辰彦さんがギリシア悲劇の断片を織り込んだ短歌を朗読されていました。
日本語でもいいのではないかと思うところであえて「古典」からの原文を引用するあたり、テクストコラージュ現代詩の田中宏輔の文体とも通じる精神。オットトトーイやアイアイを笑いを誘う強烈な異化アイテムとして用いたにしわきくんとはだいぶ性質の異なる引用。

斉藤斎藤さん、からっとした明るさは才能でしょう。
良いヤツだ。応援するぞ。

江代充さん。静謐のなかからつむがれることば、やはり聴覚障碍児教育にかかわっておられる方ならではの詩だと実感できました。

あまさわせんせい、やはり本質的にユーモアの方なのだなあと。掛け合い仕様の詩もあって、おもしろかったです。テクストが事前に配られていれば会場との掛け合いも可能だったかも。

田中槐さん。短歌朗読シーンの先端のひと。都会のひだるい生活感とどんな女性のなかにもあるきよらかさのせめぎあうテクストをやさしくつよい透明感のある声でよまれます。魅力的でした。

「いいなあ、学生は恵まれて居るなあ」との声もゲストからちらほら。
でもでも、今回はどうみても学生よりも学外からのお客さんが多いような気がする。
試験期間中だもの(2月2日まで)。
もったいない。
年に一度といわずぜひ何度でもみたいものです。

それにしてもやっぱり詩集(歌集)を出しているひとは強いなあ。最初が肝心なので、じっくりあたためて読みでのあるものを、と考えてはいるのですが。

会場では生沼義朗さんとかばんズの植松大雄さんにお会いしました。

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)

12. Januar 05

ひろがれひろがれけふ文字。

いろいろなところでの紹介を。

正岡豊さんの「折口信夫の別荘日記」 12月25日付でこのサイトが紹介されています。
「ハイスペックの向日性」なるほど。

リンクはこちら

Googleをかけてみておどろきました。
わたしの作品が「詩と思想」新人賞にノミネートされていたそうです。「苑生」に載せた鳥インフルエンザのうた(「エピクローシス」)を川中子義勝先生が推薦作品に推してくださり、第2次選考で相沢史郎さんが一点をいれてくださったそうです。

第13回詩と思想新人賞

精進します。

| | Kommentare (1) | TrackBack (0)

17. Dezember 04

倫敦西脇ツアー。

新倉俊一先生の『評伝 西脇順三郎』(慶應義塾出版局)を入手。新倉先生にしか書けない本だと思う。彼の『詩人たちの世紀 エズラ・パウンドと西脇順三郎』(みすず書房)とあわせて読むとさらに世界が広がる。

結構見知った地名が出てくるので、London A to Z(倫敦をゆく人必携の地図)とインターネット検索をとりだしてごそごそ。一時期倫敦で西脇が寄宿していたRoland HouseはOld Brompton Roadにある。あのあたりは宿屋がたくさんあるのだった。おハロッズの裏手のあたりだ。V&Aや科学史博物館、ジョン・ヘンリー・ニューマンに縁の深いオラトリオ会の教会(London Oratory)の近くである。ロイヤルアルバートホールだって目と鼻の先だ。Roland Houseはアパートメントタイプのホテルになっていて、ウェブサイトでみるかぎりでは内装もモダンに改装されていてきれいらしい。割引サイトから予約しても、ストゥディオでも一泊100ポンド以上はする。牢獄のような学生寮に泊まったりお友達のおうちに居候したりの貧乏かけだし学者にはなかなか手がでない。
tripadvisor.comのRoland Houseの記事
ukhotelfinder.comのRoland Houseの記事

Small and Elegant Hotelsのサイトをみたら、ストゥディオは一泊85ポンドからとあったけれど。それでもやっぱり二人以上で泊まらないとお得じゃないなあ。

Old Brompton Roadに移る前に住んでいたというHornsey Riseは倫敦北部の高台にある。去年寄宿していたあたりからもそう遠くはない。Archwayから東に入ってHornsey Riseに出て、Parliament Hillを横切ってBelsize Parkへ、ハムステッドの丘を降りて西脇とマージョリ・ビットルが結婚式をあげた屋敷のあたりをかすめ、なんだかひとけのない淡島通りといった風情のAbbey Roadを下って横切って(もちろん横断歩道で記念撮影)リージェントパークに出る徒歩ツアーも結構いいかもしれない。などと妄想する。倫敦。倫敦。愉しい倫敦。それにしてもあの冷たい空気がなつかしい。

ちなみに
A to Z Map Companyのサイト(英国の各都市用にA to Z mapをつくっている)はこちら
英国の地図検索サイトmultimap.comのサイトはこちら

| | Kommentare (3) | TrackBack (0)

03. Dezember 04

「苑生(Hortus)」若手詩誌トップ20に@現代詩手帖年鑑

「現代詩手帖」12月号。大学生協で立ち読みしました。
石田瑞穂さんがお書きになった「2004年詩誌展望」。
若手詩誌トップ20に「苑生」が「鐘楼」と並んで入っています。
ラテン語表題の「Hortus」が目立つ表紙デザインなので、誌面では「Hortus」として紹介されていますが、「苑生」と同一の冊子です。「ほーたす」ではなくて「ほるとぅす」とよみます。
池袋のぽえむぱろうるに委託した創刊号は売り切れました。近く補充する予定です。なお、わたしの手元に50部ほど残部があります。ぜひ読みたい、と思われる方はお知らせください。
2号の発行時期など、ひきつづきお知らせします。
待て続報。

ところで。
石田氏の評言では、「ニューウェイブのオルグの感性」だそうだ。
「オルグ」ねえ。「ニューウェイブ」ねえ。
どれもいまひとつぴんとこないいいまわし。
いまどきの学生自治団体やサヨク系学術団体の青年たちが身近に結構いたけれど、彼らもふつうに「宣伝」とか「勧誘」とか言っていたように思う。

うつくしいものがすきなひとたちと、うつくしいものをわかちあいたい、ということは「反時代的」なのかしらね。

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)

22. November 04

今日の詩歌の本。

岡井隆『伊太利亜』(書肆山田)
横書き行分け短歌でイタリア旅行を語る。湿度の低さも風物に分け入る眼も実に鷹揚。格好いい。
泰西名画を語るにありがちな過度の思い入れや情念からは無縁の、余裕綽々に本質を貫く境地も読んでいて爽快。
いいものをみた。

とはいえ。
「現代詩」なるものにふれすぎて、とても疲れている。
私が「詩」だと確信するものは、「現代詩」の世界では「詩」としては扱われないらしい。

あえて目に見えないより高い領域との接触を断って世界への悪意と呪詛と卑小な感覚のあれやこれやをうたう詩ばかりではないとはいっても、そのような姿勢は、理性では理解できても、魂が共感を拒む。

短歌は読んでいてもそれほど疲れないのだが。

しばらくは古典に沈潜して、みずからの境地を磨くときだと思う。
もともとは古典読みの立場で書いているところから出発したのだから。

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)

12. November 04

「スティーヴン・ハフ、ショパンを弾く」

山尾好奇堂主人よりトラックバックをいただく。恐れ入ります。
確かに「ハフは日本でも有名になってほしいようでもあり、ひそやかにコンサートをひらくのが似合うようでもあり」。御意。
ということで、決めました。
詩歌誌「苑生」創刊号に載せた記事を再掲します。
引用なさりたい場合にはメールにてお知らせください。
長文です。「続きをよむ」をclickして入ってください。
------------

フレデリック・ショパン バラード&スケルツォ(全曲)
スティーヴン・ハフ(ピアノ)
Frédéric Chopin: Ballades & Scherzos
Stephen Hough, Piano
Hyperion CDA67456, 2003
評・なかにしけふこ

weiter lesen "「スティーヴン・ハフ、ショパンを弾く」"

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)