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27. Juli 07

ドミトリー・レフコヴィッチ氏の進化(追記あり)

9時半に寝て3時半に起きました。あたますっきりです。
WCLVのクリーヴランド国際コンクールラジオ中継ウェブキャストでドミちゃんことドミトリー・レフコヴィッチ(Dmitri Levkovich)氏を聴きました。
今回は音声のみです。

・ハイドン Hob.XVI-50
(何度聴いても、第1楽章のイントロが「ド~ミちゃんとぼ~く」と私には聞こえます…)
・スカルラッティ K45
・ショパン 舟歌、黒鍵、夜想曲48-1(←得意技で固めた)

やっぱり私この人の演奏好きだわ。フョードル・アミーロフ先生の、異様な感覚の冴えをもってふつうの人には見えない世界をデモーニッシュに純真に拡大して聴かせてくれる音楽も得がたいものですが、ドミトリー・レフコヴィッチ氏の、プラトン的に澄んだ天体の音楽にあこがれる機知とユーモアに富んだ音楽はいまどきさらに得がたいものだと思います。
しかも彼、進化してます。品があって楽天的でユーモアのある持ち味はそのままに、陰翳と強さが加わって大人の男の音楽になったという印象をもちました(特にハイドンと舟歌と48-1)。

スカルラッティの華やかな楽天性と諧謔と憂愁は彼の芸風に合ってると思いました。とてもエレガント。暑苦しくないのです。声部の描き分け、デリケートな陰翳が完璧。もっと聴きたいぞ。

舟歌。あなた完璧よ。ざぶとんあるだけもっていきなさい。そういえば彼の弾くこの曲を題材に詩を書いて献呈したものでしたが…。おねえさん感無量です。ライヴで聴いたらもっといいんだろうなあ。
黒鍵は、実は人を笑わせるのが好きなんだろうな、と思わせるところもあり、余裕も綽々でした。技もきっちり決まっています。ショパンコンクールのときは結構一杯一杯だった48-1の解釈に深みが加わっていて、思わずうなずいてしまう。

曲ごとに盛大な拍手をもらっていました。クリーヴランドの人はうまい人に「ウホッ」「ヒュー」と声をかけるのでしょうか。最後の喝采の中に「ウホッ」という声が聞こえました。たぶん男の声だと思うんだが…
WCLVのアナウンスのおねえさまの口調がなかなか好意的でした。

ドミトリー・レフコヴィッチ氏はなかなかの美青年なのでありますが、映像無しでも楽しめます。

他の人の演奏を聴いていないのでなんともいえませんが、つぼらなければ良いところまで行くんじゃないでしょうか。

日本時間の30日4時15分からの回では、プロコとショパンソナタ3番を弾くそうなので、また早起きして聴きたいと思います。

ドミちゃんを聴けて胸のつかえが降りました。仕事に戻ります…

追記:地元紙The Plain Dealerに寄稿している音楽評論家Donald Rosenberg氏、ドミトリー・レフコヴィッチ氏を大絶賛です。「まるで夢の中にいるようだった」とのこと。それにしてもRosenberg氏の評は面白いです。簡潔かつ洞察深い評言で読み応えがあり、音楽と演奏家に対する愛情も伝わります。
http://blog.cleveland.com/reviews/cleveland_interantional_piano/
ところで、今回の強敵にはすでにコンサートピアニストとして活動していて日本でもファンを獲得しているアレクサンダー・ギンディンがいます。
もっとも、Round 2でつぼらなければドミトリー・レフコヴィッチ氏は次に行けるのではないか、とひそかに期待。
それにしても東京はあたまがとろけそうなくらい暑い…涼風をふきこんでくれたまえ~。


追記2(7/30):
4時に目覚ましかけてRound2聴きました。
(鈍行列車で茨城の内陸部の瀧のある邑に彼の演奏会を聴きに行く夢を見ました。草がきらきら輝いていた。なんだそれは。二度寝したら今度は北海道の山裾の音楽祭に参加しているドミトリー・レフコヴィッチ氏を訪ねる夢を見ました。持ち楽器の異なる若い音楽家たちがたくさん参加しているものでした。寝言を英語で言っているのに気づいてはっと目が覚めました。なんだそれは。)
プロコフィエフのエチュードに深い陰翳と黒々しいなにものかが加わったのは、たいへんすてきです。配信で聴くと、1曲目は、音声がフォルテでなくても割れるのが良くないのか、本人が爆走しているのか、それともあえて爆走寸前でがけっぷちの気分を表現しようとしているのかなんとも判然としないところがあったかもしれません。CBCのミュージック・クリップや、高松で聴いたときより格段に音楽に深みが出てきたようには感じるのですが…
ショパン3番の第1楽章はいったいに速めのテンポで、思わず落ち着けーーー!!と念じたものです。歌えるひとなだけに、それは少しもったいない気が。ああしかし口を一文字にひきむすんで涙こらえてなにかにさようならしている感じなのか。第2楽章から先はほんとうにすばらしかった。あのデリケートで透明な音楽はなかなか得がたいものです。彼の課題はやはりデモーニッシュな音楽の表現なのだろうなあと思いますが、そのあたりの苦闘も伝わってくるような第4楽章で、私たちは天使じゃない、人間なんだから、どんどんいっておしまいなさい、とつぶやいたら、なんだか泣けてきました。
もっとも、ライヴで聴くと印象がぜんぜん違って、もっと力強い輝かしい演奏なのだろうなあ。
ブラヴォー複数飛んでました(ウホッ、ヒュー、は聞こえませんでした)
ファンとしては聴けるだけで嬉しいし、もっと聴けたらほんとうに嬉しいけれど、上位8人しか次に進めないそうなので、結果ばかりは、ふたをあけてみるまでわからないかもしれないですね…(無口) 
もっとも、このコンクールはpoeticな才能のある人を重んじる傾向にある、とNYC在のピアニストかけだしの友人からもきいたことがあります。もし、ほかの多くの出場者たちが弾いているものが「音楽的ではない」のであれば、彼はかなりいいところまで行けると期待します。

ちなみに、The Plain DealerのDonald Rosenberg氏、ドミトリー・レフコヴィッチ氏を激賞です。「彼の音楽はもはや別次元である。彼はこのコンクールの詩人である」とか。(喜)
詩人ってあなた、かの国ではすごいほめことばですよ。
同志…。

http://blog.cleveland.com/reviews/2007/07/cleveland_international_
piano_4.html

7/31追記:ドミトリー・レフコヴィッチ氏2次進出決定です。出番は日本時間明日の朝9時15分から。

詳細はこちらをどうぞ。
http://blog.cleveland.com/reviews/2007/07/cleveland_international_
piano_6.html

まだ気はぬけないけれど、彼に勝ち目は大いにありそうな気がします。

山野の女神風のエレーヌ・ティスマン女史が残っているのは興味深いです。
今回の中継は音声だけなので彼女の颯爽としたお姿が拝見できないのが大変残念です。

うれしいなあ…。
さあっ原稿仕上げるんだ…。

明日の中継はもちろん聴きますが、実は所属歌誌用連作の歌稿も出さないといけないので、中継聴いて即詠20首してみようという暴挙を実践するつもりです(3日、4日の本選を待っていたら歌稿のデッドラインが来てしまいます…)。感想は追って書きますね。

あ、コメント欄あけましたのでよろしければどうぞ。

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25. Juli 07

ちかごろのわたくし|ドミトリー・レフコヴィッチ氏@クリーヴランド国際コンクール

■しばらく間があいてしまいました。近況です。試験期間も再来年引退する某師匠の同窓会合宿も終わり、やっと夏休みに入りました。休み明けまでになんとかしなくてはいけない某論文と、月末に締め切りの延びたけふこ名義でない某原稿と、もろもろの事情で一度自分の分担は脱稿したはずなのにいきなり追加で分担の増えた某神話宗教事典の翻訳とに取り組む毎日です。心理的危機とねたぎれ星人を脱出したのはよいのですが、7月末までに「銀聲」と「玲瓏」にのせる詩歌も作らなければならず、とてもデマンディングな毎日です。ひい。蒸し暑いのは非常に困ります。ともかく自分がしっかりしないことにははじまりません。心ある学問仲間に励まされつつ活動しています。8月下旬から2週間ちょっと欧州に調べ物に行きます。フーズムにも行きます。ジョナサン・パウエル先生を聴いてきます。飛行機の券がとれませんでした(残っているのは高すぎる)。9月中旬に10日ほど註をつけにロンドンに行ってきます。

とはいえ、コレギウム・ムジクム・テレマン東京定期公演(中野振一郎Cemb&高田泰治Fp)のユーモアあふれる闊達な音楽で涼んできました。W.F.バッハの2台ソナタはダイナミックでかっこいいなあ。あれは弾いてみたい。

東京の夏音楽祭で東京室内歌劇場が上演したヘンデル《アルチーナ》でニヤリと笑いました。アリアによる登場人物の性格描写が面白いだけに、衣装と装置がいまひとつ垢抜けなかったのが惜しい。後半の「虎のアリア」あたりから舞台がぐっとひきしまったような気がします。ヴィート・クレメンテの指揮は的確で良かったです。
《アルチーナ》はもとねたが『オルランド・フリオーソ』なのでありますが、恋人ルッジェーロを求めてアルチーナの島に漂着したブラダマンテ(男装中)と出会い頭にいきなりアルチーナの妹モルガーナが♪な~んてハンサムなんでしょう~と歌い出したり、恋に生きる山野の女神的魔女(淫満妖女?)アルチーナを倒すときに♪もうすぐこの緑の牧場もほろびるであろう~とか、♪むかしペルシャに虎が居た~とか、優柔不断ぼっちゃまのルッジェーロがなけなしの勇気をふりしぼって歌う歌の歌詞がどことなくヒーローっぽくなくてまぬけだったり、おなかがよじれそうでした。

そういえば、アミーロフをお菓子で表現する企画なども考案中です。たぶんカルダモンと胡椒と八角の入った薄焼きビスケットです。もうすこし涼しくなってお菓子をつくる余裕ができてきたら試作してみます。付録豪華パンフレットも計画中です。苑生3号はどこへ行ったんでしょう。


詩集はその後ぜんぜん進んでいません…まずは研究をなんとかしろという神様の思し召しでしょうか。

■ドミトリー・レフコヴィッチ氏、クリーヴランド国際コンクールに出場
クリーヴランド国際コンクールは今日から8月5日まで。演奏順決まりました。http://www.clevelandpiano.org/comp_schedule.html
我々のドミトリー・レフコヴィッチ氏は1次予選(2回弾く)では現地時間26日の15時、29日の15時15分から登場します。日本時間では27日の4時、30日の4時15分です。
地元ラジオ局の音声ストリーミングで演奏を聴けるもようです。
http://www.wclv.com/page.php?pageID=191
よふかし無理なので目覚ましかけて聴きます。彼もそろそろ最後のチャンスだと思うので、今度こそぜひ生き残ってほしいです。なお、優勝者はナクソスからCDが出せるそうです。

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07. Juli 07

ロシア国立美術館展とこんぴらさま

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原稿の締め切りに追われていますが、うつくしいものをみたい、という渇きいやしがたく、展覧会を見てきました。音楽だけではやはりたりないものがあります。
東京都美術館で7月8日(明日)まで開催中の「国立ロシア美術館展」です。
18世紀後半からロシア革命前夜にかけてのロシア絵画・彫刻の特集です。
ザンクト・ペテルスブルクの国立ロシア美術館の所蔵作品が展示されています。
もちろんイリヤ・レーピンの作品もたくさん来ていますが、その周辺の画家たちの作品も負けず劣らずすばらしい。
北国の透明な光と影への感受性、水色の澄んだ空と暗い水、布地や草木の葉や雪の表面の質感まで実物以上にリアルに気品をもって再現する超絶技巧的細密描写、もう鼻血ものでした。こういうのもう、大好き。カスパール・ダヴィッド・フリードリッヒやセガンティーニが好きな人ならきっと楽しめます。

これを見ると、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティやバーン=ジョーンズの作品がテク・構図・着想とも垢抜けなく感じられたりするかもしれません。

イヴァン・アイヴァゾフスキー描くところのスケールの大きな海景画の、嵐のときにも透明な青緑の光をたたえた水や、イヴァン・シーシキンらの描くふんわりとつもった雪に乱反射する光や森やくさかげの色の移ろいを描いた風景画が実にすばらしい。これは実物を見るにしくはない。そして、肖像画もそれぞれとても印象的です。誇り高い人間たちがいます。男女ともに媚びを一切排した存在感。子供から老人まで味わいのあるハンサムも目白押しです。
ドミトリー・レヴィツキ描くところのエカテリナ2世の、男以上に貪婪な精力をたたえた眼と肉体を輝く絹の衣装に包んだ肖像はただただ感服ものです。レヴィツキは尋常ならぬ執念を込めて重たくすべらかな白い絹の質感を描いています。縫い目のところの布の微妙なふくらみまでみごとに再現されていました。ソーイング者必見です。

イリヤ・レーピン描くニコライ2世陛下、スマートです。怜悧でさびしげなまなざしとおひげがすてき。

宗教画では、ヘンリク・シェミラツキの《マルタとマリアの家のキリスト》が感動的です。このエピソード、もともと好きなのですが、この絵の透明な光と影の階調はほんとうに美しい。とくにうすむらさきと緑色の微妙なグラデーションが繊細ですてきです。地中海の明るい光のふる葡萄棚の庭でイエスとマリアが語り合っている絵なのですが、マリアはふくふくの頬の健康的な女の子だし、イエスさまがかなり男前です。マリアの服のセルリアン・ブルーも上品です。マルタは橙色の服を着たごつい働き者のおばちゃんとして描かれています。しかしなんてしあわせそうなひとたち。庭の鳩たちもふかふかと、いまにも飛び立ちそうで愛らしい。会場では画幅中央右側に描かれたマリアのそばに立つと照明の加減で光がイエスさまに当たって画布がぎらぎらと光ったり、もうすこし離れて全貌を見ようと試みるとまた別の場所が光ってなかなか全貌がとらえがたかったりもして、神秘的でした。

ウクライナの風景やヴォルガ河流域の風景を描いた作品もいろいろあります。どちらも光線がぱっきり乾いていて空の色が澄んで鮮烈ですが、ヴォルガ河流域のほうがより光線が強く、苛烈なかんじがします。

会場は、思ったよりは混んでいませんでした。人の流れはとぎれませんが、空間的時間的に余裕をもって鑑賞できます。画学生ふうの若い人(女性おひとりさま多し)と、ロシアに憧れをもっていそうな中高年の夫婦が多そうでした。明日(8日)までなので、お近くの方はぜひ。

ちなみに、この展覧会はこれから

金沢21世紀美術館(8/25-9/24)
愛媛県美術館(10/3-11/11)
サントリーミュージアム(天保山、11/20-2008/1/14)
東京富士美術館(1/24-3/23)
と巡回します。

もういちど東京富士美術館に見に行くかもしれません。

芸大博物館で今日からはじまった「金刀比羅宮 書院の美-応挙・若沖・岸岱-」はロシアの風光とはまったく対照的な世界です。しかし、なごみます。

ふくふくユーモア生物の虎たちを描く円山応挙、息詰まるような細密デザイン感覚の若沖の植物文様、吹き抜ける光と風を感じさせる金箔の背景に胡蝶の群れや柳と水鳥とかきつばたを描く岸岱らのふすま絵が出展されています。やわらかな照明の下、もとの部屋の形状にあわせて襖絵が展示されています。ゆったりと自然なみごこちです。

展示品すべてがオリジナルというわけではなくて、キャノン(だったかしら?)の高画質インクジェットプリンターを遣った複製が一部展示されています。キャプションにはどこからどこまでがオリジナルで、どこからが複製か示されていますし、複製の画質も遜色なし。

地下の展示室には、絵馬や祭具も展示されています。民俗への興味も満たされる、かもしれません。カメラ目線の駻馬の絵馬がそこはかとなく笑いを誘います。

なお、同時開催の芸大コレクション展「歌川広重《名所江戸百景》のすべて」も見られます。東京がまだ緑に覆われた水の都だった時期の風景画、地平線の青みのかった紅と川の深い青色があだっぽくも、粋です。シャープな描線で描かれる風景の構図はほんとうにカッコイイ。ぜんぜん古びていません。こんど図版を買いに行こうと思います。ジャポニズムの画家たちが試みた広重の模倣例も展示されていますが、描線が太くてマチエールが分厚いせいか、やっぱりどことなくやぼったく感じられます。
なるほど和物の題材は短歌には自然に遣いやすいかもな、と見ていて思いました。

金刀比羅宮展・広重展は9月9日までです。

ちなみに金刀比羅宮展の公式ウェブサイトはこちら
えっっ、公式音声ガイドのナレーション、片岡愛之助さんなの?
あらまあ
展覧会記念Tシャツのデザイン(岸岱の胡蝶図)もステキだったし、もう一回行くかも…

渇きは癒えつつあります。
展覧会を見たあとは宇治茶氷できまりです。次は近美のブレッソン展+アンリ・ミショー展だな。

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05. Juli 07

それでもやっぱりチャイコフスキーコンクール総集編ドキュメンタリー(ロシア文化テレビ)を見てみた。

ロシア文化テレビのチャイコフスキーコンクール総集編ドキュメンタリーを見ました。50分ほどの番組ですが、ロシア語はわからなくても、映像と演奏だけで充分楽しめます。演奏とナレーションと関係者の談話でつなぐ編集とカメラワークが上品で節度があり、なおかつ光線の加減や構図に清潔感があります。音楽とは直接関係のない場面を排し、浪花節的人情話に走らない編集方針にはやはり音楽番組に対する見識が伺えます。透明感のある光の入れ方と、戸外の植物のしたたるような鮮やかな緑はやはり高緯度地方ならではのものでしょうか。ロシアのテレビ、レベル高いなあ。ときどき映るプログラム冊子の色彩感、鮮やかな薄青の差し色の配置がみごとです。それにしてもやっぱりそのうちロシア語勉強しなきゃだな、ナビゲーターのモスクワ音楽院の学生らしきかわいらしい若者と、東洋的な容貌の中年紳士の談話と、ニコライ・ペトロフ(ピアノ部門)審査委員長の談話がわかるともっと面白かったはずだのに…ドイツ人の批評家が出てきたところは、はっきり話がききとれるんだけどなあ…ロシア語の吹き替えの音量が大きいな…

前半早くにクルトゥイシェフ、ルビアンツェフ両氏が出てきます。クルトゥイシェフ、明るく景気よくばりばり弾いてます。アスリートのようだなあ。しかも魁偉な容貌で、異貌の存在感を放っています。出番前の不安げなルビアンツェフ少年も映ります。おっかさんか先生らしき女性に励まされているような…

我らがアミーロフ先生は、35分から40分経過のころあいにに、法律家への道を歩むエスペラント界のホープでもあるコロベイニコフ氏と相前後して映ります。コロベイニコフ氏のスクリャービン、音楽の官能に身をゆだねようとしても理がさきに走っているような印象もあって、なんとなく学生時代わたくしの身の回りに繁茂していたスクリャービンを語るピアノ弾きトーダイセイたちの怪しい雰囲気を思いださせるものがありました。対するアミーロフ先生、すっと背筋を伸ばして、ほの暗くも求道的なベートーヴェン32番弾いておられます。なぜこの人はこんなに絵になるのだろう。陋巷の聖者のようで、そこだけ空気がしんとするようです。コンクールなのに。ああ、美しい。もうコンクールはいいから、どんどん演奏会したらいいのにな。クリスチナ・ロセッティのやうにO fair to seeと思わず嘆息するわたくしでありました。お友達がたくさんたくさんたくさん訪ねてくるコロベイニコフ氏とならんで、二人で気前よくファンのサインに応える姿も映っています。アミーロフ先生、私服の赤シャツが印象的です。私服のときはそのあたりの音楽学生ですね。受け答えも折り目正しい。しおからい声…。してみると、やはりあのタカマツドキュメンタリーのモスクワの森の遠足雪摩擦シーン(友人に録画をお裾分けしてもらってはじめて見たとき、なんじゃこりゃー、と我が眼を疑った。なにしろヤツはあんな寒いところで上半身脱いで雪を身体にこすりつけてるんだもの…)は日本のテレビ局に請われてのファンサービスだったのか…
そんなことを思いつつよくよく見てみると、アミーロフ先生、突然のどアップで映ります…おもわずどきどき。カメラ近づきすぎですってば。しかし唇のかたちも口ひげの案配も余さず美しいなあ。どこみてるんだ自分。ちなみに彼らはサインには橙色の軸の(私の目にはBICかステッドラーに見える)青ボールペン様のものを遣っていたようでした。

ところで中盤でヴンダー先生、時間を割いて紹介されてました(喜)。30分経過後くらいに、チャイコフスキーとメフィストワルツの両方の演奏画像が出てきます。(喜)弾いている姿がやはりたのしそうです。服装のセンスはやっぱりなかなか良いなあ(クリーム色のジャケツおいしそう)。アミーロフ先生と二人でベストドレッサーざぶとんもっていきなさい。それにしてもよく見るとあれはたんに口が開いているのではなくて、やっぱり歌ってませんかヴンダー先生。確かに改めて今回の彼のメフィストワルツを聴くと、粗かったなあとも感じます。でも勢いとユーモアのあるエレガントな音楽はなかなか得がたい資質です。ベンヤミン・モーザー(蔭のない、そつのないワルトシュタインを弾いている映像が映っていました)と明暗を分けた、ようなことを言ってるナレーションが流れたような…

そういえばドンヒョクが出番の前に胸をどんどんと叩いて魂を入れている(?)映像が映っていた…あと、出番前のセルゲイ・クズネツォフが胸の前で十字を切る映像も映ってました。十字を切るときの指の組み方が正教式は西方教会式とは違うのだけど、はっきり見えず。職業柄そういうところについつい目がいってしまう。

女性陣はコレッソヴァとテスマン(貫禄のモーツァルト!)の二人のタチャーナ、いちだんとお姉さんになったディナーラ嬢、山本亜希子さんが出てました。コレッソヴァ、かわいいんだけどなあ…

チェロ部門、ヴァイオリン部門のコンテスタントたちの映像も入っています。ヴァイオリン部門セミファイナリストのニッキ・チョイ、アンドレイ・バラーノフ両君のスケールの大きい、喜びとフィロソフィにあふれる音楽が印象に残りました。この二人はもっと聴いてみたいですね。


ところで19世紀ロシア絵画展、8日までなのですね。ねたになりそなものはなんでも見ます。見に行かなくては

7月6日追記)
このブログセット、過去の検索キーワードランキングが見られたりするのですが、ここ1週間のけふぶくろに到達されたかたがたの検索キーワードの首位をアミーロフ先生がひたすら爆走しておられます…
僕は君を描写するのみである(イヴァン・ゴル)

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03. Juli 07

網様映像(とハフ先生のラモー)を貼っておきます

7月4日追記:やっと夏休みに入りました。これで原稿にいそしめます。ところでさきほど6万ヒット達成した模様です。網様レビューが追い風になったのでしょうか…。今後ともどうぞご贔屓に。


モスクワやふらんすからたびたびお越しくださっているかたもあるようですし、更新します。
あれ以来フョードル・アミーロフ先生は、わたしのなかではすっかり「網様」になってしまいました。まだ宙を浮いているような気もするのですが、ともあれ明日をなんとか無事に乗り切れば、夏休みが来ます(喜)

しかし網様を題材に短歌や詩を書くのはかなりいろいろ取材がいるかもだな。ヘレニズム小説に登場する美男子の詩人のようなどみさん(ドミトリー・レフコヴィッチ氏)を詩にするときには手持ちの晴朗な西洋古典ねたで十分すぎるくらいに面白いものが書けましたし、僧形めいてるハフ先生を描くにも、英国の世紀末文学にほのあかるく漂うロマンティックな彼岸への憧れとか、そのあたりの慣れ親しんだ世界から類推が働きましたから、そう苦労はしませんでした。しかし今回はそうもいかなさそうです。網様も、パンク野郎にみえても陋巷の聖者のようにどこかストイックな感じはしますが(そう、真のビート野郎は陋巷の聖者のようである)、なにしろ演奏には濃厚に「ろーしーあー」のかおりもするものなあ。たたずまいは「たたーるー」てかんじで、ああ、草原で馬に乗ってる姿も想像できる。ぼろぼろの演奏になっても敢然とみずからの音楽を貫き通す姿にもほれぼれする(ステージ・フライトもちのパーフェクショニストな自分としては、とてもとても勇気づけられる)。ロシアの世紀転換期の詩もたぶんちゃんと読む必要があると思う…。

そうだ良い機会だからますますあのあたりのこととか調べてみるかね
詩のためならなんでもするのか自分…


といいつつも、ブラームスのラプソディとショスタコーヴィチのプレリュードとフーガ(A-dur)をさらう今日この頃。ラフマニノフはスモールハンダーの私にはいささか厳しい。

ということでまだ長い文章を書くに至ってはいないのですが、YouTubeの網様映像へのリンク貼っておきます。もうご存じのかたも多いと思いますが、しばしお楽しみください。

これはさきのショパンコンクール(懐)のときの映像です。ここのウェブ中継実況レポート(1次予選(3))では「(アレン・ギンズバーグやケネス・レクスロスやe.e.カミングスあたりの)ビートニック・ポエトリーを読んでいそうな風体、昔は愛くるしい美少年だったのに…でもやっぱり洗練されていて上手」とか書いてました。なんだ誉めてたじゃん自分。スケ3の終わりのほうと、オクターヴのエチュードと木枯らしを弾いてます。革パンじゃなくてチノパンだったんですね。どみさんの光り輝くようなかんぺきな舟歌とはかなり芸風の異なる彼ですが(この演奏は勢いがあるけれどやっぱり粗いところもいろいろあると思う…)、非在の方角からたちのぼるほの暗い情念のなかの底光りする真実、といったものはたしかにあるように思います。しかしそれはそれでお美しい。駻馬を駆るようにピアノを駆っているような…

これはアムラン以外の人が弾いたアムランのエチュード画像という点では貴重だと思います。
若い、腕に覚えのある、進取の気性に富んだ心あるピアニストの諸君、ぜひ網様に続いてくれたまへ。もっとも、本家アムラン大将の余裕綽々の偉大にして凄絶なる存在感と、決めるときには低音炸裂もばっちり決める迫力の前には、網様の銀線細工のような演奏といえども、「ははは小僧、まだまだだな」という感じは否めませんが。

YouTubeでまたなにか発見できましたら貼っておきます。
できればあの真っ黒なショスタコのソナタとシマノフスキもいちど聴きたいんだが…

ところでハフ先生の画像…ラモーがステキなので貼っておきます。
ほんとうに美しい。
ただただためいき。
先生もっとバロック弾いてくださらないでしょうか。《スパニッシュ・アルバム》に入っているカベソンソレールもストイックで華やかでステキでした。

結局、ストイックでどこか華やかなのが好きなのか自分。身のうちのかくしようもない豪奢…
おたのしみくだされ。

追記)
さて、今回のチャイコフスキーコンクールで「1位なし2位」になったクルトゥイシェフの演奏ですが…
YouTubeにあがっていたマゼッパと雪かきをやっと聴きました。
彼は体格も恵まれているし、手も大きく分厚くパワーがありそうだし、剛腕で指回りもいい。技もバッチリ決まって正確で安定しているし、バリッと景気よく弾けてることは事実。でも、肝心の音楽がおもしろいかっていわれると…なるほどそういうことなのか

それから、コンスタンティヌスの巨像を思わせる風貌と、ぎょろっと動く大きな目がなんだかこわい…
異貌のピアニスト…

クルトゥイシェフのファンの皆さんごめんなさい。
剛腕かつ指回りがいい若手なら、むらはあるかもしれないけれど、やっぱり音楽が面白く、見かけも(口を閉じてれば美青年の)エレガントでおされなヴンダー先生がいいです、私。

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